街に届く噂
初夏の風が、王都の広場を吹き抜けていた。
露店の赤い布がはためき、果物の甘い香りと、焼きたてのパンの匂いが漂う。そこかしこで人々が集まり、最近の出来事を話題にしていた。
「なあ聞いたか? この前の修道院の騒ぎ……」
「おうとも! 聖女候補のリュシア様が、光を呼んで民を救ったって話だ」
「いやいや、それだけじゃない。勇者だって名乗らぬ少女が、とどめを刺したそうじゃないか」
耳をそばだてれば、どの店でも同じ噂が飛び交っていた。
商人は荷を並べながら「殿下が勇者に違いない」と断言し、隣の老婆は「いや、庶民の娘らしいぞ」と首を振る。
その傍らで、子どもたちが真似をして木の棒を振り回していた。
「俺が勇者アルト殿下だ!」
「じゃあ私は聖女リュシア様!」
「ちがうよ、あの笑顔のお姉ちゃんがいい!」
屈託ない声に、周りの大人たちが思わず笑みをこぼす。
◇
一方その頃。
学園からの外出許可を得て、街に出ていたアマネたちは、その噂を耳にして足を止めていた。
「……すごいね。皆、リュシアのことを話してる」
アマネがぽつりと呟く。
リュシアは少し照れながらも、真剣に人々の声を受け止めていた。
「人形のようだと、昔は言われていたのに……。今は“笑顔がいい”と……」
ジークが笑いながら肩を叩く。
「そりゃそうだろ。昔のお前は何考えてるか分かんなかったしな。今は……ちゃんと人間らしい」
リュシアは驚いた顔をした後、ふっと柔らかく笑った。
「……ありがとう、ジーク」
その横で、アマネは立ち止まったまま空を見上げていた。
「私は……ただ、皆と一緒にいただけなのに。どうして噂になるんだろう」
その疑問に、カイルが真っ直ぐ答えた。
「だからこそだよ。アマネは、誰よりも“普通に”人を守った。それが伝わったんだ」
言葉に詰まるアマネ。けれど、胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
◇
人々の笑い声と子どもたちの遊び声が響く広場。
その中で、リュシアとアマネの姿は、まだ名も定まらぬ勇者と、まだ正式ではない聖女として――しかし確かに「人々の心に届く存在」となり始めていた。
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