幕間:揺らぎ始めた掟
マリア・カーディナルが学園を訪れたのは、修道院長としての公式任務のためだった。
修道会と学園は古くから繋がりがあり、礼拝や式典の監修に修道院の者が派遣されることは珍しくない。
今回は「新学期の宗教講義の視察」と「生徒の信仰状況の確認」という名目で、彼女が出向くことになった。
本来なら淡々と記録を取り、報告を戻すだけのはずだった。
だが――。
大講堂で目にしたリュシアの姿は、マリアの予想を裏切るものだった。
あの子はかつてのように人形じみた聖女ではなく、仲間と自然に笑い、互いに言葉を交わしていた。
(掟からすれば、あれは逸脱……だが――)
足音を響かせながら回廊を歩くうちに、胸の奥の揺らぎが強くなる。
掟に従わせることが正しいと信じてきた。
だが、笑顔を浮かべるリュシアを見てしまった今、その確信は揺らいでいた。
「……せめて、もう少し見極めましょう。
あの子の選んだ道が、誤りでないのなら――」
厳格な修道院長の顔の裏で、ひとりの伯母としての声が、確かに芽生えていた。
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