揺れる教室—勇者と聖女の在り方
学園の大講堂。
春学期の魔導史の講義は、毎年恒例の「勇者と聖女の系譜」から始まる。
壁一面の窓から射す陽光が、整然と並ぶ机に斜めの影を落としていた。
壇上に立つのは、老教授イザーク。白髪を後ろに撫でつけ、重々しい声で語り出した。
「勇者とは王家の血筋から選ばれし存在。聖女とは己の声を持たず、ただ神意を映す者。その定義は、古き文献において揺るがぬ真実として記されている」
淡々とした口調に、教室は静まり返る。
だが、次第に小さなざわめきが生徒たちの間に走った。
――修道院での戦いを目の当たりにした者たちの記憶が、まだ生々しく残っているからだ。
その空気を感じ取ったのか、教壇の脇で控えていた剣術教官ガロウが低く言葉を挟んだ。
「だが……歴史は常に制度に従ってきたわけではない」
生徒たちが一斉に顔を向ける。
ガロウは腕を組んだまま続けた。
「英雄は時に枠を超えて現れる。誰が勇者で、誰が聖女か。それを最終的に定めるのは書物ではなく、人の心だ」
教室の空気が一気に張り詰める。
壇上のイザークが眉をひそめかけたが、その場をやわらげたのは若い助教フローラだった。
「……けれど、制度もまた人々が積み重ねてきたもの。大切なのは、どちらか一方ではなく――人々の信頼と想いを、どう重ねていくかだと思います」
柔らかな声が響き、緊張はほどけた。
だが、生徒たちの視線は自然と、教室の一角に座る二人――アマネとリュシアへ集まる。
「えっ、私……?」
不意に注目を浴び、アマネは慌てて両手を振った。
「わ、私なんて、ただ……みんなと一緒にいただけで」
それに対してリュシアは、ふっと笑みを浮かべた。
もう「人形の仮面」を被ることなく、自然体の声だった。
「でも、あの時……祈りが届いたのは、皆がいてくれたから。私一人じゃ、きっと何もできなかった」
その言葉に、ざわついていた教室がふっと和らぐ。
生徒たちの頬に微笑みが広がり、場の空気は安堵の色に染まった。
――その様子を、廊下の影から見つめる影があった。
リュシアの伯母、マリア。
硬い信念で「聖女は己の声を持たぬ存在」と信じてきた彼女の心に、わずかなひびが走る。
(己の声を持ちながらも……祈りが消えない……?)
目を細め、拳を握りしめる。
だが確かに、今そこにいるのは「己の言葉で語り、祈りを紡ぐ聖女」だった。
鐘の音が遠くで響き、講義は終わりを告げた。
残された空気の中で、教室も、そしてマリア自身も――少しずつ揺らぎ始めていた。
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