男子たちの語らい—勇者の名の裏で
夕暮れの学園訓練場。
昼間の喧騒はすでに消え、茜色の光が木々の影を長く伸ばしている。
女子組は街へ出かけ、ここに残っているのはアルト、ジーク、カイルの三人だけだった。
片付け終えた木剣を肩に担ぎながら、アルトがぽつりと呟いた。
「……多分、勇者はアマネなんだろうな」
唐突な言葉に、ジークとカイルが同時に振り返る。
けれどジークは驚きよりも、むしろ納得したように息を吐いた。
「やっぱりそう思うか。俺もそう感じてた。……コルネリアを斬ったとき、あれは間違いなくアイツ自身の力だった」
「驚きってより……腹に落ちたって感覚だな」
ジークは腕を組み、夕空を仰ぐ。
カイルは静かに目を細めた。
「勇者が誰かは本質じゃない。けど、知っているほうが次に備えやすいのは確かだ。ラインハルトもコルネリアも……次があるかもしれないし」
淡々とした声の裏に、仲間を守ろうとする熱がにじんでいた。
少しの沈黙の後、アルトが拳を握る。
「勇者がアマネでも……俺は構わない。勇者としてじゃなく、一人の仲間として――いや、一人の少女として、アマネを支えたい」
その言葉にジークがニヤリと笑った。
「やっと認めやがったな。お前の視線、剣振ってるときより鋭いんだよ。隠せてねぇ」
「……っ!」
アルトは耳まで赤くし、唇を引き結ぶ。
だが否定はしなかった。
そんな二人を見て、カイルは少しだけ柔らかく笑った。
「いいと思うよ。僕は知識や言葉で支える。ジークは力で。アルトは……その想いで。僕たちの役割は違うけど、だからこそ仲間なんだ」
ジークが鼻を鳴らした。
「そういうこった。……俺はミナを守る。あいつの笑顔を守るためなら、どんな壁でもぶっ壊す。……ただ、それだけじゃ足りねぇ」
「足りない?」
「ミナの親父さん……カストレード伯爵にな。あの人に“ミナを任せてもいい”って思わせねぇと。親父さんは庶民派だけど堅い人だ。だからこそ、俺が逃げずに正面から言ってやる。将来は、剣を振るうだけじゃなく、市民も貴族も一緒に働ける場所を作りたいってな」
アルトとカイルが思わず目を見張る。
ジークは真剣な眼差しで拳を握り締めた。
「逃げねぇ。それが、あいつの隣に立つってことだからな」
静かな決意が、その場に響いた。
カイルも視線を落とし、しばし黙り込んだ。
「……僕も、逃げたくない」
「カイル?」
「リュシアを見ていると、どうしても胸が痛くなる。人形のように縛られていた彼女が、今は自分の言葉で笑う。その姿が……嬉しくて、怖くて。もしまた彼女が声を失うようなことがあったら……僕はきっと、耐えられない」
普段は冷静な彼の声が、珍しく震えていた。
「……僕は、彼女を守りたい。役割や立場じゃなく、一人の人間として。だから、もっと強くならなきゃ」
アルトとジークは視線を交わし、同時に頷いた。
「結局、俺たちみんな……好きな女を守るって決意なんだな」
ジークが笑い、拳を突き出す。
アルトがその拳に重ねる。
「勇者が誰でも関係ない。俺たちのやることは同じだ」
カイルも迷わず手を重ねた。
「そうだね。僕たちそれぞれの力で、仲間を――そして大切な人を守る」
三人の拳が重なり、夕暮れの光の中で影を一つにした。
小さく笑い合うその顔には、迷いのない覚悟が刻まれていた。
――勇者の名は誰に与えられようとも。
彼らにとって、それはただの肩書きに過ぎない。
それぞれの心が選んだ“守りたいもの”こそが、力の源だった。
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