図書室の静寂 ―芽吹く声―
午後の授業が終わったあと。
図書室には羊皮紙の匂いが漂い、窓から差す春の光が机の上を柔らかく照らしていた。
アマネが参考書を開いていると、向かいに座ったカイルが眼鏡を押し上げる。
銀髪が光を受けて淡く揺れ、背筋の伸びた姿勢は寸分の乱れもない。
「僕は……アウグスティヌス家の嫡子だ」
唐突にそう告げられて、アマネは目を瞬いた。
「代々、聖職者を輩出してきた家系。だからこそ、形式と秩序を守るのが僕の務めだと教えられてきた」
声は落ち着いていたが、言葉の端にかすかな硬さがあった。
「だから、戦いにおいても“理”が優先されるべきだ。感情や勘に頼るのは、不確かだと思う」
そこで一呼吸。カイルは眼鏡を外し、わずかに目を伏せた。
「……ただ、時々思う。形式だけで人は本当に救えるのか、と」
アマネは答えを探しながら、小さく微笑んだ。
その隙に、背後からひょっこりミナが顔を出す。
「なるほどねー。やっぱり君は“灰色メガネ”だ」
「……またそれか」カイルが眉を寄せる。
「だって固すぎるんだもん。でも、燃える芯はあるんでしょ? 炎上メガネでいいんじゃない?」
「炎上じゃない。炎は制御してこそ力になる」
真面目に返すカイルの耳が赤くなり、アマネは思わず笑ってしまう。
「でも、いいと思うよ。……理屈も、力も、工夫も。みんな違うけど、一緒なら強い」
春風がそよぎ、窓辺のカーテンが揺れた。
カイルは短くため息をつき、眼鏡をかけ直す。だがその口元はわずかに緩んでいた。
芽吹きの季節。
硬く閉ざした芽にも、小さな光が差し始めていた。
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