王城の夜—父と兄と
修道院での騒動が収まった翌夜。
王城の執務室には、王 アルフォンス、第一王子レオン、そしてアルトが顔を揃えていた。
卓上には報告書が並び、宰相の影はなく、空気は重くも率直だった。
「……修道院の件は、幸いにも大事には至らなかった」
王の声は静かだが、その瞳は鋭い。
「だが民の間に、勇者が誰かという動揺が走ったのも事実だ」
レオンが腕を組み、弟を真っ直ぐに見据える。
「アルト。お前はあの場でうまく収めたな。見事だった」
「いえ……ただ、皆を落ち着かせたかっただけです」
アルトは一礼しながら、短く息を吐いた。
「勇者の儀は、いずれ訪れる」
王がゆっくりと告げる。
「だが、時期は誰にも定められぬ。ならば我らが為すべきは、民の心を一つに保つことだ」
レオンが頷き、言葉を継いだ。
「アマネ嬢の活躍は確かに大きかった。だが世間は殿下、お前を勇者と見ている。今はその齟齬が混乱を生む」
アルトはしばし沈黙した後、きっぱりと言った。
「……彼女を軽んじるつもりはありません。むしろ、アマネこそが本当の……」
言いかけて、王の目を見て、言葉を飲み込む。
「ただ一つ、申し上げたいことがあります」
「申せ」
「今は勇者を決めるべき時ではありません。大切なのは――アマネの存在を、もっと人々に知ってもらうことです。
彼女は剣を振るうだけではなく、仲間をまとめ、光を灯す人です。その姿を、民に伝える機会を増やすべきかと」
レオンは驚いたように目を瞬かせ、やがて笑った。
「……勇者として名を競うのではなく、仲間を高める方を選ぶか。弟らしいな」
王も深く頷き、ゆっくりと口を開いた。
「よかろう。アマネ嬢を王城の催しや公務に同席させ、民に見せる機会を増やそう。
勇者の儀が訪れるその時までに、彼女の存在が疑いなく人々の中に根づくようにな」
アルトの胸に熱いものが広がった。
「ありがとうございます……父上」
夜の王城。
炎に照らされた石壁に、父と兄と共に歩む決意を固めるアルトの横顔が浮かんでいた。
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