言葉の楯—為政者としての演説
群衆は「少女だ!」「いや殿下だ!」と二分され、混乱が渦を巻いていた。
泣き叫ぶ者、興奮に震える者、戸惑って祈る者。
その中心に、アマネはまだ息を荒げて立っていた。振り返らず、仲間の前に立ち続ける姿に、人々の視線は釘付けだった。
アルトは、その背を一瞬だけ見つめ、静かに一歩前へ進む。
「――皆の者」
響いた声は決して大声ではなかった。だが、確かな響きを持ち、ざわめきが波打つように収まっていく。
「今は勇者が誰かを論じる時ではない」
アルトは群衆を見渡しながら、落ち着いた声を続ける。
「この修道院の危機を退けられたのは、ここにいる仲間たちと、そして皆の祈りがあったからだ」
群衆がざわめき、泣いていた者の肩が震える。
「勇者が誰か――その答えは、必ず明らかになるだろう。だが、それは今日ではない。
今日、私たちが示したのは……誰もが力を合わせれば闇を退けられるという事実だ」
一瞬の沈黙ののち、どこからか拍手が生まれる。
それが次第に広がり、人々の表情から熱狂や恐れが少しずつ和らいでいった。
アルトはわずかに息をつき、心の中でだけ呟く。
(……本当の勇者は、もう分かっている。
だが、彼女にそれを背負わせるには、まだ時が早い。
ならば、俺が……彼女を守る楯になる)
背後でアマネが振り返った。
その視線が一瞬交わり、アルトは静かに頷く。
そして群衆はようやく落ち着きを取り戻し、夜風が礼拝堂跡を静かに撫でていった。
――その場を収めたのは、勇者の剣ではなく、一人の王子の言葉だった。
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