完全なる闇—取り込まれる声
広場を覆う黒聖光は、夜空を裂く雷鳴のように荒れ狂っていた。
人々は距離を取りながらも、その場を動けずに固まっていた。
「悪魔に……取り憑かれてるのか……」
「けど、あれは……聖女候補の……」
ざわめきは恐怖と同情がないまぜになり、空気をさらに重くしていた。
◇
「コルネリア!」
リュシアが声を張り上げた。
鎖から解き放たれたばかりの彼女は、震える足で必死に前に進む。
「あなたの願いは……聖女になりたいということだけだったのでしょう?
なら、どうしてこんな力に頼るの!」
その声に、わずかに黒い輝きが揺らいだ。
コルネリアの瞳に一瞬だけ、涙のような光が浮かぶ。
「……わたしは……選ばれたかった……」
弱々しい声がこぼれる。
アルトは剣を下ろさずに一歩進み出た。
「その願いは間違っていない。
でも――奪うことで手にした称号に意味はあるのか?」
カイルも叫ぶ。
「君の祈りは……本当に“己の声”なのか!?
それとも、教皇に与えられた鎖の声なのか!?」
◇
だが、返答はなかった。
代わりに、黒聖光がさらに膨れ上がった。
翼が大きく広がり、礼拝堂の崩れた屋根にまで達する。
その影に覆われた瞬間、民衆の悲鳴が広場を埋め尽くした。
「う、うそだろ……!」
「天使じゃなく……悪魔の姿……!」
◇
「だめ……!」
リュシアの声が震える。
「戻ってきて……コルネリア!」
その必死の叫びに、コルネリアの唇が小さく動いた。
「戻りたい……けど……」
――ズンッ!
地面が大きく揺れた。
黒光が彼女の全身を飲み込み、残っていた人間らしい輪郭が掻き消されていく。
白かったはずの修道服は闇に塗り潰され、祈りの言葉は不気味な呪詛へと変わった。
「足りない……まだ、足りない!
もっと……もっと力を……!」
完全に、悪魔の依代として取り込まれた。
◇
「くっ……!」
ジークが大剣を振りかざし、咆哮に応じるように突き進む。
黒い聖光と剣圧がぶつかり合い、爆風が広場全体を揺らした。
「お前を止める! 人を傷つけさせはしねぇ!」
「止める? 奪ったお前たちに……!」
コルネリアの叫びはもはや人の声ではなかった。
◇
「皆、離れて!」
ミナが装置を展開し、黒光を偏向させる。
「これ以上は……本当に完全に悪魔になる!」
カイルが歯を食いしばり、震える声で告げる。
「もう……取り込まれてしまった……。
救える道は一つしかない……」
「一つ?」
アマネが振り返る。
カイルは苦悩に満ちた瞳で答えた。
「……核を断ち切ること。それしか……」
◇
アマネの胸が締め付けられた。
(彼女も……本当はただ、聖女になりたかっただけなのに……!)
唇を噛みしめ、剣を構える。
黒い聖光の中で、コルネリアの面影はもはや消えかけていた。
「……だったら、せめて……」
アマネは小さく呟く。
「せめて、苦しみからは解放する」
彼女の瞳に迷いはなかった。
夜の広場、勇者の影がひときわ強く光を帯びる。
――黒聖女との本格的な戦いが、今、始まろうとしていた。
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