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密約—影が選ぶ器

宰相ヴァレンティスの執務室。

分厚い帳簿と外交文書に囲まれた机の上に、一通の羊皮紙が置かれていた。

「……ラインハルトの件は、勇者候補たちの結束を強めただけに終わったか」

低く呟くその声音に、悔恨の響きはない。

むしろ口元に浮かんでいたのは、冷ややかな笑みだった。

「だが、失敗は次への布石だ」

視線を落とした先――机に置かれた羊皮紙には、教会の紋章が刻まれている。

王国の権威さえ揺るがす聖印。

そこには次の一手を示す密書が記されていた。

ヴァレンティスの瞳が細められ、深い闇を宿す。

「……あの者を使うか。ならば面白い」

その夜。

大聖堂の奥、蝋燭が淡く揺れる祈りの間。

静寂の中で、教皇 ヴィクトルが祈りを捧げる姿があった。

長い沈黙を破るように、柔らかな足音が近づく。

一人の少女――コルネリア・フォン・ラウレンツ。

修道女の衣を纏い、銀髪が揺れる。

彼女がひざまずくと、教皇はゆっくりと目を開いた。

その瞳は深い闇を宿し、慈愛の仮面を纏っている。

「聖女は、まだ定まってはいない」

穏やかに告げられた声に、コルネリアの肩が揺れた。

「……ですが、聖女は……リュシアが選ばれたはずでは」

「ふふ……神の声は一度きりではない」

教皇の口元に浮かんだ笑みは、温かさではなく冷徹な確信を滲ませていた。

「勇者が現れていないのだから、その伴侶たる聖女もまた未確定だ」

コルネリアの胸にざわめきが走る。

幼少期に啓示を受けながらも、十歳で落とされ――その日から「なぜ自分は選ばれなかったのか」という問いが消えたことはなかった。

「……それでは、私にもまだ……可能性が?」

「お前は捨てられたのではない。試されたのだ」

教皇の声が低く甘く、耳元に絡みつく。

「己の力で証明してみせよ。お前が真の聖女であることを」

「……」

「そのための“道”を……我が授けよう」

コルネリアの瞳が大きく見開かれる。

失われたはずの希望が、嫉妬と共に胸を満たしていく。

「……私に、その道が……?」

教皇はゆっくりと頷いた。

「そうだ。示すのだ、コルネリア。己の力を――神の器として」

その言葉が祈りの間に深く沈む。

遠くで鐘が鳴り、夜の帳が降りていく。

コルネリアの唇が、小さく震えながらも微笑みに歪んだ。

それは救いを願う少女の笑みではなく、渇望に取り憑かれた者のそれだった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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