クラリスの指南—女子力は戦闘力!?
王都の午後。
通りに並ぶ店々は、休日の華やぎで賑わっていた。
ミナが「ここ!」と指さしたのは、庶民の衣料店ではなく、王都でも指折りの仕立屋兼ブティックだった。
「う、うそ……ここって、入るだけでお金取られるんじゃない?」
アマネが小声で言うと、ミナは胸を張る。
「平気平気! 今日はちゃんと頼れる先輩がいるから!」
その言葉通り、扉の前で待っていたのは――クラリス。
公爵令嬢であり、アマネに心酔する先輩。
栗色の髪をふわりと結い上げ、鮮やかな青のドレスを軽やかに着こなす姿は、道ゆく人の視線を集めていた。
「やっと来たわね」
微笑むクラリスは、やや誇らしげに腰に手を当てる。
「ふふ、可愛い後輩たちを、今日は徹底的に磨き上げるわよ」
「磨き……上げる?」
リュシアが首をかしげると、クラリスは扇子で口元を隠しながらにっこり笑った。
「そう。女の子に必要なのはね、戦う力だけじゃない。装いだって立派な戦闘力なの」
◇
店内は香り高い花と布の匂いが入り混じり、絹やレースの光沢が目を引いた。
「わ、わぁ……」アマネは思わず声を洩らす。
どこを見ても、学園の制服とは違う鮮やかな世界。
「まずは色からよ」
クラリスが手を伸ばしたのは、落ち着いた群青色のドレス。
「これはリュシアに。あなたの凛とした雰囲気を一層引き立てるわ」
「わ、私に……?」リュシアは少し戸惑いながらも、試着室へと向かう。
一方でミナには明るい紅色を。
「元気なあなたには、こういう色が似合うの。見ている人も元気になるでしょう?」
「うん、分かる! これ着たらもっと強くなれそう!」
そして――アマネには。
クラリスが差し出したのは、薄い藤色のワンピース。
派手ではない、けれど静かな光沢を帯び、袖口に小さな刺繍があしらわれている。
「これ……私に?」
「ええ。あなたは無自覚に人を惹きつけるの。だからこそ、さりげない華やかさが一番映えるわ」
クラリスの言葉に、アマネは耳まで赤く染まる。
◇
「どう、似合う?」
ミナがくるりと回ると、スカートが軽やかに広がる。
「すごく似合ってる!」アマネは笑顔で拍手した。
次に出てきたのはリュシア。
群青のドレスに包まれた彼女は、まるで絵画から抜け出したように凛々しく、美しかった。
「……」思わず言葉を失うアマネに、クラリスは満足げにうなずく。
「ほらね。あなたは聖女候補として見られることが多い。でも今日は違う――“リュシアという一人の娘”として立っている」
リュシアの頬がわずかに紅潮する。
「……もし、カイルの隣に立つとしたら……これでもいいのでしょうか」
呟くようなその言葉に、クラリスは優しく目を細めた。
「ええ。彼はきっと誇らしく思うはずよ」
◇
最後に試着室から出てきたアマネ。
藤色のワンピースはシンプルなのに、彼女の雰囲気を一変させていた。
「……あ」ミナもリュシアも、同時に息を呑む。
「な、なんでそんなに似合ってるの!?」
「ふ、普通だよ! ただの服だよ!」アマネは慌てて手を振るが、その頬は真っ赤。
クラリスはゆったりと扇子を閉じる。
「だから言ったでしょう。装いひとつで心も変わるの。女の子はね、自分がどうなりたいかで選ぶのよ」
アマネは小さく呟いた。
「……どうなりたいか……」
◇
店を出るころ、夕暮れが通りを染めていた。
袋を抱えたミナは「これでジークに胸を張って会える!」と笑い、リュシアは胸元に手を当てて静かに歩く。
アマネはまだ少し照れたまま。
「クラリス先輩……ありがとうございます」
「ふふ、いいのよ。あなたたちが輝くのを見ているだけで楽しいもの」
そして、振り返りざまにさらりと言った。
「次はお泊まり会で徹底的に仕込んであげるわ」
その言葉に、三人の後輩は同時に悲鳴を上げた。
笑い声が、暮れなずむ王都に溶けていく。
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