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勇者でなくても—仲間の言葉、心の真実

夕暮れの学園中庭。石畳が橙に染まり、梢の影が長く伸びる。

涼しい風が吹き抜け、夏の名残と秋の気配が交じり合っていた。

その場にいたのは、アルトを含めた五人。

アマネは先ほどクラリスに呼び出され、「ちょっと付き合って」と去っていったばかりだ。

残された仲間たちは自然と腰を下ろし、空気が静まった。

「……勇者、か」

アルトがぽつりと口を開いた。

低い声に、全員の視線が向く。

「世間はそう呼ぶ。宰相も、父上も、周りの人間も……。俺が勇者になると決めつけている。

でも……俺自身は、勇者という肩書きがどうでもいいんだ」

拳を握りしめ、真剣な眼差しを夕空に向ける。

「勇者であっても、勇者でなくても。俺ができることは変わらない。

仲間と共に歩き、守り、支える。それが……俺の進む道だ」

その言葉に、しばし沈黙が降りた。

だが次の瞬間、ミナがニヤリと笑って口を開いた。

「でもアルトってさ……アマネのこと好きなんでしょ?」

「――なっ!?」

いきなりの爆弾投下に、アルトの耳が真っ赤に染まる。

隣でジークが豪快に笑いながら頷いた。

「そりゃ見りゃ分かる。お前の視線、剣振ってるときより鋭いぞ。

訓練中のアマネを見てるときなんか、まるで敵でも睨んでるみたいだったからな」

「……っ」

アルトは言葉を失い、思わず顔をそむける。

だがカイルが冷静に眼鏡を押し上げ、淡々と補足する。

「ただ……相手は相当な鈍感だから。言葉にしないと伝わらないと思うよ。

立場もあるし、周りもいる。曖昧なままでは、届かない」

リュシアが少し頬を染め、静かに微笑んだ。

「アルトが勇者でも、勇者じゃなくても……アマネはきっと隣にいてくれます。

……私がそう信じているように」

「……」

仲間たちの真っ直ぐな言葉に、アルトの胸が熱くなる。

だがそこに追い打ちをかけるように、ミナがさらりと爆弾を追加した。

「あ、そうそう。この前アマネに“アルトがそうかも”って言っちゃった!」

「はぁぁぁっ!? な、何を……!」

立ち上がりかけたアルトは、顔を真っ赤にして頭を抱えた。

仲間たちの笑い声が中庭に広がる。

だがその笑いは、決して冷やかしではなく、温かさに満ちていた。

やがて足音が近づいてくる。

振り返れば、クラリスに連れられたアマネが戻ってきた。

両手に紙袋を抱え、楽しそうに笑っている。

「お待たせしました! クラリス先輩にちょっと……買い物を手伝っていただいて」

「そ、そうか……」

アルトの視線が自然と彼女に吸い寄せられる。

だが前回の女子会で、ミナとリュシアに「アルトがアマネを好きだと思う」と告げられた記憶が蘇り、アマネの頬にわずかな赤みが差す。

彼女はぎこちなく笑いながら、アルトに視線を合わせた。

「……アルト様も、待っててくださったんですか?」

「……あ、ああ。もちろんだ」

短いやり取り。だが、その一瞬に互いの心臓が高鳴る。

アルトの中で、勇者としての決意と、一人の少年としての想いが同時に熱を帯びていく。

(勇者でなくても……俺は、君の隣を歩きたい)

夕暮れの光の中、アルトの心にその言葉が深く刻まれた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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