勇者でなくても—仲間の言葉、心の真実
夕暮れの学園中庭。石畳が橙に染まり、梢の影が長く伸びる。
涼しい風が吹き抜け、夏の名残と秋の気配が交じり合っていた。
その場にいたのは、アルトを含めた五人。
アマネは先ほどクラリスに呼び出され、「ちょっと付き合って」と去っていったばかりだ。
残された仲間たちは自然と腰を下ろし、空気が静まった。
◇
「……勇者、か」
アルトがぽつりと口を開いた。
低い声に、全員の視線が向く。
「世間はそう呼ぶ。宰相も、父上も、周りの人間も……。俺が勇者になると決めつけている。
でも……俺自身は、勇者という肩書きがどうでもいいんだ」
拳を握りしめ、真剣な眼差しを夕空に向ける。
「勇者であっても、勇者でなくても。俺ができることは変わらない。
仲間と共に歩き、守り、支える。それが……俺の進む道だ」
その言葉に、しばし沈黙が降りた。
だが次の瞬間、ミナがニヤリと笑って口を開いた。
「でもアルトってさ……アマネのこと好きなんでしょ?」
「――なっ!?」
いきなりの爆弾投下に、アルトの耳が真っ赤に染まる。
隣でジークが豪快に笑いながら頷いた。
「そりゃ見りゃ分かる。お前の視線、剣振ってるときより鋭いぞ。
訓練中のアマネを見てるときなんか、まるで敵でも睨んでるみたいだったからな」
「……っ」
アルトは言葉を失い、思わず顔をそむける。
だがカイルが冷静に眼鏡を押し上げ、淡々と補足する。
「ただ……相手は相当な鈍感だから。言葉にしないと伝わらないと思うよ。
立場もあるし、周りもいる。曖昧なままでは、届かない」
リュシアが少し頬を染め、静かに微笑んだ。
「アルトが勇者でも、勇者じゃなくても……アマネはきっと隣にいてくれます。
……私がそう信じているように」
「……」
仲間たちの真っ直ぐな言葉に、アルトの胸が熱くなる。
だがそこに追い打ちをかけるように、ミナがさらりと爆弾を追加した。
「あ、そうそう。この前アマネに“アルトがそうかも”って言っちゃった!」
「はぁぁぁっ!? な、何を……!」
立ち上がりかけたアルトは、顔を真っ赤にして頭を抱えた。
仲間たちの笑い声が中庭に広がる。
だがその笑いは、決して冷やかしではなく、温かさに満ちていた。
◇
やがて足音が近づいてくる。
振り返れば、クラリスに連れられたアマネが戻ってきた。
両手に紙袋を抱え、楽しそうに笑っている。
「お待たせしました! クラリス先輩にちょっと……買い物を手伝っていただいて」
「そ、そうか……」
アルトの視線が自然と彼女に吸い寄せられる。
だが前回の女子会で、ミナとリュシアに「アルトがアマネを好きだと思う」と告げられた記憶が蘇り、アマネの頬にわずかな赤みが差す。
彼女はぎこちなく笑いながら、アルトに視線を合わせた。
「……アルト様も、待っててくださったんですか?」
「……あ、ああ。もちろんだ」
短いやり取り。だが、その一瞬に互いの心臓が高鳴る。
アルトの中で、勇者としての決意と、一人の少年としての想いが同時に熱を帯びていく。
◇
(勇者でなくても……俺は、君の隣を歩きたい)
夕暮れの光の中、アルトの心にその言葉が深く刻まれた。
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