上級生の微笑 ―クラリス
午後の陽が差し込む石畳の回廊。
木剣を片付け終えた私は、ほっと息を吐いて歩いていた。
魔力制御に続き、剣術でも“見てもらえた”。
まだ胸はどきどきしていたけれど――少しだけ、自分に光が射した気がした。
「あなたが……アマネさんね?」
ふいに、鈴のように澄んだ声が響いた。
振り向くと、陽光を受けて輝くプラチナブロンドの長髪。
気品ある碧眼。背筋の伸びた優雅な立ち居振る舞い。
「……え?」
思わず立ち止まった私の前に立っていたのは、上級生らしい制服にマントを羽織った少女だった。
「わたしはクラリス・フォン・エルヴァイン。二年生よ」
微笑んだ横顔は、まるで肖像画のように整っていた。
けれど目元には、凛とした優しさがにじんでいる。
「授業、見ていたの。魔力の安定も、剣の粘りも――とても素晴らしかったわ」
「そ、そんな……私なんて、全然で……」
慌てて手を振ると、クラリスは首を横に振って一歩近づいてきた。
「謙遜はいらないわ。小さくても確かな光……それは、本物よ」
近い。
香水ではなく、清らかな花の香りがした。
その瞳にまっすぐ見つめられると、胸が跳ねる。
(エリシア様の仰っていた“あの子”。間違いない……この子だわ)
クラリスは心の奥で確信していた。
王妃がそっと口にした、庵から来た少女。
あの人の大切な存在を、自分が守らなくては――。
「アマネさん。もしよければ、またお話ししない? 授業のことでも、学園生活のことでも。後輩が困ったとき、助けるのが先輩の役目でしょう?」
「えっと……はい!」
答えると、クラリスは嬉しそうに微笑んだ。
その笑みは、気品と同時に、どこか少女らしい無邪気さを含んでいた。
「ふふ……楽しみにしているわ。では、また」
マントを翻して去っていく後ろ姿は、憧れと安心を同時に抱かせる。
私はしばらく立ち尽くしたまま、胸の鼓動を抑えられなかった。
――先輩。
こんな人に声をかけてもらえるなんて。
嬉しい。
そして、もっと頑張ろうと思えた。
回廊の外では、噴水の水音が柔らかく響いていた。
その音に合わせるように、心の中に小さな旋律が芽生える。
それが、のちに大きな支えへとつながる調べになることを、このときの私はまだ知らない。
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