揺らぐ権威—教会のざわめき
大聖堂の奥。枢機卿会議の場に重苦しい沈黙が落ちていた。
王が「リュシアを王家直轄の聖女候補とする」と表明してから数日。
その余波は、教会本部を根底から揺さぶっていた。
「……つまり、聖女候補を“奪われた”ということですな」
紅衣の枢機卿オクタヴィアンが低く呟く。
「表向きは勇者選定の準備とやら。しかし、聖女の任命は本来我らの権限だ」
ラファエル枢機卿の声音には苛立ちが滲む。
「聖女を王家の庇護下に置くなど前代未聞。これでは教会の存在意義が……」
中堅の大司教たちもざわめき合う。
「沈黙は敗北だぞ」
一人が声を荒げた。「民衆は“王家が聖女を守る”と喝采している。やがて勇者選定も王の手に委ねられるやもしれん!」
ざわめきが広がり、会議の場は不協和音に満ちていく。
その中でただ一人、教皇ヴィクトルは動じなかった。
「……滑稽だ」
彼は玉座から立ち上がり、低く響く声を放つ。
「王家が何をしようと、聖女が“己の声を持たぬ者”である限り、我らの掌の中だ。人形を操るのに、どこに座っていようと関係はない」
その冷酷な言葉に、一瞬ざわめきが止まる。
だが次の瞬間には、さらに重い不安が広がっていた。
(このままでは……教会の権威が揺らぐ)
誰もがそう思いながらも、誰一人として打開策を見いだせない。
ヴィクトルは唇に笑みを刻んだ。
「ならば……次の器を探すまでのこと」
その視線の先で、控えていた修道女たちが震え上がる。
名指しこそされなかったが、誰もが直感していた。
――すでに教皇は、新たな依代を探している。
◇
教会の鐘が鳴り響く。
だがその音は、祝福ではなく、不穏な前触れのように街に流れていった。
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