王家の庇護—母の願いを継ぐもの
王城の奥、灯りを絞った一室。
重厚な机を囲むのは、王オルフェウス、王妃エリシア、王太子レオン、第二王子アルト――そして数人の側近のみ。
「……教会は、リュシアを“聖女”の名で縛り、人形のように扱おうとしている」
エリシアが静かに切り出した。
その声音は穏やかでありながら、鋭くもあった。
オルフェウス王は眉を寄せる。
「彼女の伯母マリアが監督役であったな。確かに、形式を重んじる一族だが……」
「形式に縛られれば、心は死にます」
エリシアの瞳は凛としていた。
「彼女の母、イザベラは病床にあります。
我が身を案じるよりも“娘が娘のままでいてほしい”と、私に託したのです」
短い沈黙が流れる。
レオンが先に口を開いた。
「母上……では、王家の庇護下に置くと?」
「ええ。表向きには“王家専属の聖女候補”という立場を与える。
教会本部の庇護ではなく、王家直轄として。
それが彼女を守る唯一の方法です」
アルトが即座に頷いた。
「賛成です。リュシアは……仲間ですから」
短く、しかし力強い言葉に、エリシアは微かに笑みを浮かべる。
一方で、王オルフェウスは沈思黙考を崩さない。
重い声でようやく言葉を落とした。
「……教会との衝突は避けられぬ。だが、あの子の母がそう願ったのならば……私も父として、その意志を継ごう」
レオンも深く頷いた。
「民衆も、彼女を慕っています。王家が守ることは、むしろ安定を生むでしょう」
エリシアはゆっくりと席を立ち、窓の外に広がる夜の王都を見やった。
「聖女とは己の声を持たぬ者――それが教会の定義です。
けれど私たちは知っている。リュシアが、己の声を持とうとしていることを」
その背に、オルフェウスが言葉を重ねた。
「……時が来れば、我らの名で正式に表明する。秋の終わり頃がよいだろう」
部屋に漂っていた緊張がわずかに和らぐ。
エリシアは小さく微笑み、静かに呟いた。
「リュシア。あの子を――必ず、守ります」
夜の帳が降りる王都。
その闇の奥で、確かにひとつの灯がともった。
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