聖女の役割—遮られた想い
教会本部・回廊。
白大理石の床に、ステンドグラスの光が差し込んでいた。
リュシアが儀式を終え、廊下を静かに歩いていく。
その姿を見つけ、カイルは思わず足を速めた。
「リュシア!」
呼びかけた声に、彼女の肩がわずかに揺れる。
けれど返事をするより早く、冷たい声が間に割って入った。
「……カイル」
伯母、マリア・カーディナル。
修道服に包まれた細身の体が、回廊の光を遮るように立ちはだかった。
「以前も申し上げましたね。あなたの役割は、あくまで支えること」
その声は凍りつくように冷ややかだった。
「聖女に余計な感情を持ち込むなど――愚かしい」
カイルは口を開きかけ、息を呑んだ。
「僕は……」
言葉が続かない。
理屈で返そうとすればするほど、足が重くなる。
(違う……そうじゃないのに……)
唇を噛みしめながら、ただ拳を握ることしかできなかった。
マリアは冷然と視線を逸らし、リュシアに向き直る。
「聖女様、行きましょう」
「……はい」
リュシアは小さく頷き、再び歩みを進める。
その声に感情の色は乏しい。
けれど――。
ほんの一瞬、振り返らずとも耳に届いていた。
マリアの言葉に反発できず、苦しそうに俯いたカイルの姿。
(……それでも。あの時、私を見てくれたのは――カイルだった)
心の奥で、小さな確信が芽吹いていた。
「私は、彼に……救われている」
静かな回廊の中で、誰にも聞こえない想いが、確かに彼女の胸に残った。
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