表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/471

形式の正義—声なき器

白亜の大聖堂の中は、静寂そのものだった。

ステンドグラスから射し込む光が、冷たく硬い床に反射し、淡い彩りを落としている。

祭壇前に立つのは、枢機卿オクタヴィアン。

その声は厳かでありながら、どこか鉄のように冷たい。

「聖女とは己の声を持たぬ器である。

己を捨て、ただ神の言葉を映す鏡。

そこに余計な感情や願望は不要だ」

言葉は礼拝堂全体に響き、跪く修道女たちの胸を縛る。

列の中に座るリュシアは、その響きに小さく指を震わせた。

(声を持たない……器……?)

学園で仲間と笑い合った日々が、頭の奥で反響する。

けれど――今は言い返すことができなかった。

そんな彼女の隣で、ひときわ姿勢正しく座る修道女がいた。

銀髪をきちんと結い、清楚な修道服を纏った少女。

その横顔は凛と美しく、表情には一片の乱れもない。

「……コルネリア・フォン・ラウレンツ」

小声で呟いた神官の言葉を、カイルは聞き逃さなかった。

(彼女が……聖女候補に選ばれながら落選した、と聞いた人物か)

オクタヴィアンは続ける。

「彼女こそ模範だ。己を殺し、ただ神に仕える清き器。

これが聖女である」

称えられたコルネリアは、微笑んで一礼する。

その仕草は完璧――だが、目だけは冷たく、リュシアに鋭い視線を向けていた。

儀式が終わり、修道女たちが散っていく。

カイルはリュシアのもとへ歩み寄った。

「リュシア……君は……」

「……私は、聖女として務めを果たすだけです」

微笑を浮かべるリュシアの声は、どこか遠く、かすれていた。

その背後から、冷ややかな声が響いた。

「それでいいのです、リュシア様」

振り返ると、そこに立っていたのはコルネリアだった。

「己を捨てれば、心は乱れません。

……私のように」

一瞬、彼女の瞳の奥に、鋭い棘のような光が走った。

カイルは言葉を失いながらも、胸の奥で小さく呟いた。

(……違う。あの瞳の奥には、まだ彼女自身の声がある)

(たとえ今は覆い隠されていても……きっと消えてはいない)

遠くから二人を見ていた伯母マリアが、冷ややかな視線を落とした。

「カイル。余計な感情を持ち込むな。

お前の役割は“支える”ことだ。……聖女に口を挟むな」

その言葉にカイルは唇を噛む。

だが、彼の心にはもう芽生え始めていた。

――リュシアを人形に戻させてはいけない。

そして、コルネリアの完璧な微笑の裏に潜む冷たい影が、胸に不穏な予感を刻んでいた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ