初潜入—冷たい祈りの影
大理石の床に、足音が乾いて響いた。
高い天井から吊るされた燭台は、揺らぐことなく均一に光を放つ。
――整いすぎている。
カイルは無意識に肩を強張らせながら、教会本部の廊下を進んでいた。
「司法卿アウレリウスの子息。ようこそ」
迎えに出た修道女は、口元に微笑を浮かべている。だがその笑みは、絵に描かれたように同じ角度、同じ硬さ。
(……皆、同じ顔だ)
背筋に薄い寒気が走った。
◇
中庭を通りかかった時、視線がふと止まった。
そこに、白衣のような修道服に身を包んだ少女――リュシアの姿があった。
両手を胸の前で組み、淡々と祈りの言葉を紡ぐ。
声は澄んでいる。所作も完璧だ。
だが、そこに「彼女らしさ」がなかった。
「……リュシア」
思わず名を呼んだ。
彼女の瞳がゆっくりと動く。だが光は乏しい。
「……聖女として、務めを果たします」
その一言で、また祈りに戻ってしまった。
「……」
カイルは言葉を失う。
思わず手を伸ばしかけたが、次の瞬間には修道女の一人が間に立ち、道を塞いだ。
「神聖なる修練の最中です。お静かに」
冷たくも礼儀正しい声。だがそれは人間味を削ぎ落とした響きだった。
カイルは拳を握りしめ、足を止めた。
(これが……人形化……)
◇
夕刻。外に出ると、空は赤く染まっていた。
庵や学園で見ていた、あの無邪気に笑うリュシアはそこにはいない。
「務めを果たします」――それしか言えない、空虚な殻。
胸の奥に、ひりつく痛みが広がった。
(……リュシア。君の声は、どこに消えたんだ……?)
冷たい風が吹き抜け、教会の鐘の音が遠くで鳴り響いた。
その音は祝福ではなく、牢獄の合図のように聞こえた
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