距離を置く聖女—学園に戻って
秋の風が学園の中庭を渡り、夏の熱気をようやく和らげていた。
新学期を告げる鐘が鳴り響き、講堂には生徒たちのざわめきが広がる。
壇上に立つ学院長エジルが簡潔に言葉を述べ、進級式は淡々と終わった。
だが――六人の仲間は、その場に立つリュシアの様子に違和感を覚えていた。
◇
「リュシア、また庵で皆で集まりたいね!」
式後、中庭で声をかけたミナが明るく笑う。
だが返ってきたのは、少し冷たい響きのある言葉だった。
「……そのような贅沢、聖女候補としては控えるべきかと」
「え?」
ミナの笑顔が一瞬固まる。
アマネも慌てて口を開いた。
「そ、そんなことないよ。だってリュシアだって――」
「……ごめんなさい」
リュシアは小さく会釈し、言葉を切った。表情は丁寧に整えられていて、そこに夏の庵で見せた無邪気な笑みはなかった。
◇
周囲の教師たちがささやき合う。
「やはりカーディナル嬢は聖女らしい」
「夏の間は遊び呆けていたと聞くが、しっかり矯正されたようだ」
その言葉は、リュシアを囲い込もうとする教会派の思惑そのものだった。
――伯母マリアの叱責、修道院での再教育。
それらが確実に彼女の心を縛っている。
◇
「なんか……遠くなっちゃったみたい」
ミナがぽつりと漏らす。
「……ああ」
ジークが腕を組み、言いたいことを飲み込む。
「言いてぇことあんなら言えよ」――そう叫びたかった。けれど、それは彼女をさらに追い詰める気がして。
「教会の影響でしょう」
冷静に眼鏡を押し上げたカイルが小声で告げる。
「父も……同じ考え方をする人間ですから」
アルトは黙ったまま、ただ心配そうにその横顔を見つめていた。
◇
放課後。
石畳の渡り廊下を歩いていたリュシアのもとへ、アマネが駆け寄った。
「リュシア!」
振り返った彼女は、かすかに微笑んだ。だがその笑みは、どこか作り物めいていた。
「……ごめんなさい。少し、一人にさせてください」
軽く礼をして、彼女は背を向ける。
アマネは伸ばしかけた手を止め、その背中をただ見送った。胸の奥が、ひどく冷える。
「……人形みたいに戻っちゃった」
その呟きが秋風に溶け、遠く鐘の音が鳴り響いていた。
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