魔法授業 ― 揺れぬ灯火
朝の光に満ちた演習場。
石畳の床にいくつもの魔法陣が描かれ、中央には魔力測定用の真鍮盤と透明な水晶柱。周囲を囲む生徒たちのざわめきに、緊張と期待が混ざっていた。
「――はいはい、静かにね」
軽やかな声とともに現れたのは、燃えるような赤髪を揺らす助教、イレーネ・フォン・ローザリア。
腰に手を当て、気ままな笑みを浮かべる姿は、厳格な教師というより舞台女優のようだった。
「今日は“魔力制御”の授業。力を見せびらかす日じゃないわ。……まあ、見せびらかしてもいいけど、そのぶん責任は自分で取ってね?」
くすくす笑いが広がる。だがその奥に、張りつめた空気も走った。
白衣をまとったセラフィーナ・ノエル保健医が記録台に立ち、生徒たちを見守っている。
「万が一暴走したら、私が処置します。安心して臨んでください」
静かな声は、不思議と胸を落ち着かせた。
最初に呼ばれたのは、第二王子アルト。
彼は黙って盤に手を置き、魔力を収束させる。
青白い光が剣の形をとり、模擬人形を一閃――氷の刃で砕いた。
「おおっ……!」
生徒たちが歓声をあげる。完璧に見えた。
けれど、私は気づいた。剣を作る指先がほんの一瞬、震えていたことに。
イレーネはにやりと笑っただけで口に出さない。
次は聖女リュシア。
彼女の祈りと共に白光があたりを包み、人形の残骸が淡く輝きながら元の形に戻る。
「……回復魔法だ」
「さすが聖女様」
惜しみない拍手。彼女は笑顔を保ったまま、静かに一礼した。
その笑顔が少し硬いことに、やはり気づいてしまう。
続いてラインハルト。
「見ていろ!」と声高に叫び、火炎を奔流のように放った。
人形は一瞬で黒焦げ。派手さは抜群だが、火花が床の結界を焦がす。
「ふふっ、事故要員ね」
イレーネが片目をつむり、皮肉混じりに囁く。
「ですが才能は桁外れです」
セラフィーナが冷静に記録を取りながら付け加える。
次はカイル。
彼は静かに本を開き、計算式をなぞる。
淡い光が水晶に流れ込み、人形の関節が一瞬で凍りついた。
「……止めた?」
「派手じゃないな」
周囲の囁き。だがイレーネの目が細く光る。
「地味だけど確実。嫌いじゃないわ」
そして、私の番が来た。
深呼吸をして、真鍮盤に手を置く。
「力じゃなくて、湯気みたいに……」
庵で教わった言葉を心の中で繰り返す。
掌が温かくなり、針がじわりと上がって――ぴたりと止まった。
小さく、でも揺れない。
ざわめきが広がる。
「弱い……?」
「でも、振れてないな」
イレーネが顎に手を当て、目を輝かせた。
「へえ。弱いけど、ぶれない。……面白い子ね」
セラフィーナがそっと近づき、微笑んだ。
「安定は、強さですよ。覚えておきなさい」
胸の奥に、何か小さな灯火がともった気がした。
派手な力が称賛される舞台。
でも私は、揺れない光を胸に抱えていた。
それは小さいけれど、消えない。
お読みいただきありがとうございます。更新は不定期・毎日目標です。ブクマ&感想いただけると嬉しいです。