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始業前のミサ—映す鏡の聖女

鐘の音が、学院の始業式を告げる前に街中へ響いていた。

大聖堂の扉は開かれ、生徒や教師、そして市民たちが次々に中へ吸い込まれていく。

荘厳な空気の中、壇上に立つリュシアは白衣を纏い、両手を胸の前で組んでいた。

その表情は澄み切り、声ひとつ立てない。

――いや、立てられないように見えた。

「聖女候補、リュシア・フォン・カーディナル」

司祭の紹介に合わせ、彼女はゆるやかに会衆へと礼を取る。

かつて学園で見せた柔らかな笑みはなく、仲間と交わした言葉の温もりもない。

ただ、機械仕掛けのように正しい所作を繰り返していた。

祭壇の下からその姿を見上げるアマネは、胸に冷たいものを覚えた。

(……違う。リュシアは、こんな顔じゃなかった)

隣でミナが首をかしげる。

「妙に……固いよね。緊張してるのかな?」

カイルは眼鏡の奥で目を細めた。

「いや、あれは……“抑え込まれている”」

ジークとアルトも言葉をなくし、ただ壇上の友を見つめていた。

一方そのころ、大聖堂の奥にある控えの間。

教皇ヴィクトルは椅子に腰かけ、ゆるやかに杖を撫でていた。

「……見事だ。己の声を沈め、神の器として従順に仕える。まさに理想の聖女の姿」

その横で、枢機卿オクタヴィアンが恭しく頷く。

「ええ。“神意を映す鏡”。これぞ聖女に求められる在り方でございます」

ヴィクトルの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。

「この器ならば……いかようにも“導き”を授けられるだろう」

その言葉の裏に潜む意味を、オクタヴィアンは察しなかった。

だが、別の枢機卿ラファエルは眉をひそめ、ほんの一瞬だけリュシアの壇上の姿を見やった。

――その瞳に映っていたのは、“理想”ではなく、“哀しき人形”だった。

ミサは粛々と進み、最後にリュシアが「祈りの言葉」を唱える。

彼女の声は澄んで美しい。

けれどアマネには、その響きがどこか遠く感じられた。

(リュシア……あなたの声は、どこにあるの?)

鐘が再び鳴り響き、ミサは終わりを告げた。

だがアマネの胸に残ったのは祝福ではなく、深い不安の影だった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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