再聖女教育—己の声を封じて
教会本部の石造りの修練室。
窓から差し込む光は冷たく、床に落ちる影まで硬質に見えた。
リュシアは膝を揃え、白布の衣を纏い、正面に座る修道女たちの視線を受けていた。
その中心に立つのは、彼女の伯母――マリア・カーディナル。
「リュシア。あなたは聖女候補として、人前で己の意志を口にするなど許されません」
マリアの声は氷のように冷たかった。
「聖女とは神の器。己の言葉を持たぬことこそが、その証です」
リュシアの胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。
庵で笑ったあの時間、アサヒに叱られ、ミナと騒ぎ、アマネと共に声をあげた自分。
それらすべてが、今は「逸脱」だと突きつけられている。
「ですが……」
思わず口を開きかける。
けれど伯母の瞳が鋭く射抜くように光り、言葉は喉の奥で途切れた。
「言い訳も抗弁も要りません」
マリアが手を上げ、周囲の修道女たちが祈りの詠唱を始める。
聖句が重なり、部屋の空気が圧迫するように張り詰めていく。
「聖女は笑わず、怒らず、迷わない」
「聖女は己を捨て、神の御心を映す鏡となる」
声が重なるたびに、リュシアの心が削られていくようだった。
――違う。
庵で皆と過ごした時間は、決して間違いなんかじゃない。
でも、ここでそう言ってしまえば……自分は完全に「不適格」になる。
爪が手のひらに食い込む。
けれど声は出なかった。
「よろしい。今日から数日は、祈りと儀式にのみ身を委ねなさい」
マリアが冷徹に告げる。
リュシアは小さく頷くしかなかった。
その横顔は、かつて庵で見せた柔らかな笑顔を欠いていた。
――庵で育んだ「私の声」が、かき消されていく。
けれどその胸の奥で、微かなざわめきがまだ燻っていた。
(……私は、本当に“人形”に戻らなければならないの……?)
その問いは、誰にも聞こえることなく、ただ静かに彼女の内に沈んでいった。
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