表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/471

家族の言葉—父と母の名を

夜の庵。

竹林を渡る風が虫の音を揺らし、縁側に座るアマネの頬を撫でていった。

膝に抱えたカグヤが、尾を揺らしてじっと見上げている。

「……皆は、帰る場所があるのに」

声に出した瞬間、胸の奥がひりついた。

「私は孤児で……帰っても、誰も待ってない」

指先が震え、膝の上のカグヤの毛をきゅっと掴む。

その時、足音もなく隣に腰を下ろす気配があった。

「寂しいか?」

低く穏やかな声。ルシアンだった。

「……うん」

アマネは俯いたまま、小さく答える。

「皆は、家族がいて……羨ましいなって思っちゃう」

ルシアンはそれ以上言わず、ただ静かに夜空を仰いでいた。

けれどその沈黙が、否定ではないことをアマネは感じ取った。

やがて、縁側の障子が開き、アサヒが姿を見せた。

湯上がりの柔らかな髪が月明かりに光っている。

「……アマネ」

そっと隣に座り、肩を抱き寄せた。

「孤児だからじゃない。大事なのは、アマネがどう生きたいか、よ」

胸の奥に溜め込んでいた寂しさが、少しずつ解けていく。

温かさに包まれ、アマネの瞳が潤んだ。

「……ねぇ」

アマネの声は、掠れて小さかった。

「もし……もしも、なんだけど」

言葉が喉でつかえる。視線は膝の上から上げられない。

ルシアンとアサヒは、ただ待っていた。

急かさず、遮らず。

「二人が……私の……」

また言葉が途切れる。胸の鼓動がうるさくて、次の一歩が出せない。

けれど――この一瞬を逃したら、きっともう言えない。

震える唇から、やっとの思いで溢れた。

「……お父さん、お母さんになってほしい」

その瞬間、アサヒの腕の力が強まった。

「ええ。アマネの母よ」

ルシアンも微笑み、短くしかし確かに応える。

「父だ」

「……っ!」

アマネの胸から、抑えきれない声が溢れる。

「お父さん! お母さん!」

溢れ出した涙を、カグヤのふわふわの尾がやさしく拭ってくれた。

二人に抱きしめられながら、アマネは小さく笑った。

「……ただいま」

「おかえり」

二人の声が重なり、庵の夜に溶けていく。

ようやく見つけた。

私の「帰る場所」。

その確信が、胸の奥で温かな灯となって燃え続けていた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ