家族の言葉—父と母の名を
夜の庵。
竹林を渡る風が虫の音を揺らし、縁側に座るアマネの頬を撫でていった。
膝に抱えたカグヤが、尾を揺らしてじっと見上げている。
「……皆は、帰る場所があるのに」
声に出した瞬間、胸の奥がひりついた。
「私は孤児で……帰っても、誰も待ってない」
指先が震え、膝の上のカグヤの毛をきゅっと掴む。
◇
その時、足音もなく隣に腰を下ろす気配があった。
「寂しいか?」
低く穏やかな声。ルシアンだった。
「……うん」
アマネは俯いたまま、小さく答える。
「皆は、家族がいて……羨ましいなって思っちゃう」
ルシアンはそれ以上言わず、ただ静かに夜空を仰いでいた。
けれどその沈黙が、否定ではないことをアマネは感じ取った。
やがて、縁側の障子が開き、アサヒが姿を見せた。
湯上がりの柔らかな髪が月明かりに光っている。
「……アマネ」
そっと隣に座り、肩を抱き寄せた。
「孤児だからじゃない。大事なのは、アマネがどう生きたいか、よ」
胸の奥に溜め込んでいた寂しさが、少しずつ解けていく。
温かさに包まれ、アマネの瞳が潤んだ。
◇
「……ねぇ」
アマネの声は、掠れて小さかった。
「もし……もしも、なんだけど」
言葉が喉でつかえる。視線は膝の上から上げられない。
ルシアンとアサヒは、ただ待っていた。
急かさず、遮らず。
「二人が……私の……」
また言葉が途切れる。胸の鼓動がうるさくて、次の一歩が出せない。
けれど――この一瞬を逃したら、きっともう言えない。
震える唇から、やっとの思いで溢れた。
「……お父さん、お母さんになってほしい」
◇
その瞬間、アサヒの腕の力が強まった。
「ええ。アマネの母よ」
ルシアンも微笑み、短くしかし確かに応える。
「父だ」
「……っ!」
アマネの胸から、抑えきれない声が溢れる。
「お父さん! お母さん!」
溢れ出した涙を、カグヤのふわふわの尾がやさしく拭ってくれた。
◇
二人に抱きしめられながら、アマネは小さく笑った。
「……ただいま」
「おかえり」
二人の声が重なり、庵の夜に溶けていく。
ようやく見つけた。
私の「帰る場所」。
その確信が、胸の奥で温かな灯となって燃え続けていた。
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