最初の授業 ―座学と囁き
寮の鐘が鳴り、初めての授業に向かう。教室は大講義室、前方には黒板と積み上げられた書物。空気はざわつき、生徒たちの視線は自然と貴族席の方に集まっていた。
やがて入ってきたのは、黒髪セミロングに神経質そうな顔をした中年教師。背筋を伸ばしながら、冷ややかな視線を生徒全体に走らせる。
「私が担当する、セドリックだ。ここで学ぶのは“国を支える基礎知識”だ。剣も魔法も知識がなければ無用の長物だ」
声は張り上げず、だが妙に硬質で、教室全体を締めつける。
最初の課題は「勇者と聖女の役割」について。
「数百年に一度、勇者は現れる。聖女と共に。王国はその歴史の上に成り立っている」
セドリックは当然のように、前列に座るアルト殿下とリュシアを指し示す。
「この世代で聖女リュシアが現れたことは幸運だ。ならば勇者は――」
「アルト殿下に他ならぬ」
と、隣の貴族生徒が声を重ねる。
「そうだ。血統、資質、どれをとっても申し分ない」
セドリックは満足げにうなずいた。
後列で小さく呟きが走る。
「やっぱり勇者は王族だな」
「庶民枠? 支援要員、荷物持ちだろ」
笑いを含んだ視線が、こちらに投げられる。喉がつまる。
そのとき、ミナがぱっと振り返った。
「荷運びが軽い仕事だと思う? 自分の鎧の重さくらい分かってる?」
一拍の沈黙。笑っていた貴族の頬が赤くなる。
「運んでくれる人がいなければ、戦場に立つ前に潰れるよ。効率は正義、でしょ?」
場が少し揺れた。笑いが散り、空気が緩む。
私は小さく息を吐いた。ありがとう、と視線で伝える。ミナは肩をすくめて笑った。
授業が終わり、鐘が鳴る。廊下に出ると、アルト殿下とリュシアが並んで歩いていた。彼の横顔は穏やかだが、その青い瞳には影が宿っている。
――勇者候補。
彼に押しつけられる重さが、遠くからでも伝わる。
胸の奥で庵の言葉が蘇る。
“答えは、自分で選ぶもの”
まだ答えは出せない。けれど、歩きながら考えることはできる。
背後からミナの声が飛ぶ。
「次は魔法理論だって。面白そうじゃない?」
「……うん」
小さく笑ってうなずく。怖い。でも、進める。庵で教わったように。
読了感謝!本日は準備でき次第連続更新するかもしれません。よければブクマ&感想を。