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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第3章 星の世界
47/50

47 大人

「野田が俺なんかのことを好きだって言ってくれて、嬉しかった。……違う出会い方をしていればよかったのにって、俺がもっと大人ならよかったのにって思ってる」


 ちゃんと誕生日を祝いたい。

 彼女が欲しいものをあげたい。

 最後まで花火を観たい。

 涙を拭ってあげたい。


 笑っている顔をもっと見たかった。

 「いいお姉ちゃん」でいる姿も、「ただの野田海頼」でいる姿も、隣で見ていたかった。


 でも、この街を去った彼女はこれから色々な人に出会い、支えられながら大人になる。そのうちに、あの実習生は案外頼りなかったな、魅力が無かったんだなと気付く。月日が経って、そんな人間がいたことすら忘れていく。そうに決まっている。


 大人になっていく彼女の邪魔をするわけにはいかない。


「非力でごめん。話を聞いてやるくらいしかできなかった」

「……千葉先生。先生が私の話を聞いてくれて、本当に嬉しかったんです。誰かが私の話に耳を傾けてくれるなんて思ってなかった。誰かが私に手を差し伸べてくれるなんて思ってなかった。大人になっちゃう前に、先生に甘えられてよかった。先生に会えてよかったです」


 彼女の吐く息が震えたのが聞こえた。


「ちゃんと『助けてほしい』って言いさえすれば、たくさんの人に助けてもらえるんだよ」

「……私が大人になってからも?」

「そうだ。でも言わないとなかなか気付いてもらえないよ。皆、自分のことで精一杯だから」


 星を探す余裕すら大人はきっと失くすのだ。真昼の空にだって星が出るのに、忙殺されているうちに忘れてしまう。


「俺も、野田に会えてよかった」


 焦燥するように蝉が鳴いている。

 夏の終わりともに命が尽きることを知っているかのようだった。




「生徒一人一人に寄り添った指導がしたいです」


 最終面接で、そんなことを言った。

 下敷きで作る風に吹き飛ばされそうな、薄っぺらな言葉を口だと思いながら。


 でも、本心だった。


「何か困っていることがあったら、見守るのではなくて、積極的に話を聞きに行けるような教師になりたいです。生徒の胸の内に抱えているものを、ちゃんと見てあげたいです」


 最終面接にも、宍倉はばっちり姿を現した。

 生徒を待つ宍倉の姿勢だって、一種の優しさだと今では思う。


 けれど俺は、「お節介」と言われてしまうような教師になりたかった。



 例えば、生徒が真っ白なスケッチブックを提出してきたとする。でも、それを頭ごなしに咎めたくない。


 紙の上に線一本すら引けなかった理由を知りたかった。


 真昼の星を結ぶように、海から小石をすくうように。

 生徒の抱えている想いをくみ取ってあげたい。


 ――そんな大人になりたい。



 線香花火のような曼珠沙華(ひがんばな)が咲き、仲間を弔うイワシのような雲が空にかかるような寂しい季節になって、藤ヶ峰女学園から正式な採用通知が届いた。





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