39 子ども
「……そんなに俺の授業が良かったか? 頑張って先生にならないとな」
振り返らず、なるべく明るい声を出した。そうやって自分を騙さないと最後まで上手く喋れない気がした。
下手な演技を、野田は当然見抜く。
「先生としてじゃないです。好きなんです。先生、すごく優しかったし面白かった」
「橋が転がっても面白いって言うだろ、おまえらの年齢は。それに世間知らずだから……、だから、俺が言ってるくだらないことだって面白く感じちゃうんだよ。もっとお笑い芸人の動画とか観たほうがいいぞ。まじで面白いから」
わけのわからないことを言っているという自覚はあったが、口が止まらなかった。
「引っ越し先にはもっと面白いやつがいるといいな。東京だろ。芸能人に会えたらサイン貰っておいてよ」
「私、子どもなんです」
「知ってるよ」
十分に知っている。学年が五つも違う。
野田は子どもだ。
澄空と同じ、大人に庇護されるべき子どもだ。
それを履き違えてはいけない。
「でも、あと一年もすれば私も十八歳でしょ?」
「成人するから大人になるって言いたいのか? 十八になったところでまだ高校生だし、酒もたばこもできないよ。かろうじて投票には行けるけど。まだまだお子ちゃまだ。甘かったな」
「茶化さないで」
「茶化してなんて」
「私が子どもじゃなかったら、実習先の生徒じゃなかったら、なんて返事してました?」
「……それは」
野田が言わんとすることはわかっていた。でもわかったという素振りなんて、見せてはいけない。
気付いてはいけない感情だった。
水面に浮かび上がろうとするこの気持ちを押さえつけて、見なかったことにしなくてはならなかった。
バレたら大変なことになる。
そんな脅し文句に、子どものように怯えているわけではない。
「考えないようにする」
ふっ、と野田が息をついたような気がした。
失笑したのか、あきれたのか、泣きそうなのか。確認したかったけれど、やはり振り返ることができない。
商店街に着く頃には足が棒になっていた。
明るい時間に比べ夜はひっそりしてしまうのだが今日は花火大会の帰りであろう通行人が多く、いつまでも賑やかな道だった。
浮かれきった、何をしても許されてしまいそうな雰囲気の中を歩いているにも関わらず、二人の間に流れている空気は湿っぽい。
今日の花火の感想を言い合うことはできぬうちに、マンションにたどり着いてしまった。




