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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第3章 星の世界
37/50

37私は行けない

 スターマインに大盛り上がりの見物客に何度もぶつかったが、もう誰も気にしていない様子だった。


「そもそも、花火大会なんて気軽に来ちゃダメでしょ。『先生』は……」


 もみくちゃになり、船渡川に注意されながらやっと渡り切った頃、特大の花火が咲き誇り、そして儚く消えた。


「以上を持ちまして、第三十五回大花火大会を終了いたします……」


 アナウンスが流れ、満足そうなため息があちこちで上がる。堰を切ったみたいに人が大広場の方へ流れていく。メガホンを持つスタッフの声はがらがらで、何か言っているが聞き取ることができない。

 人の流れに逆らい、やっとたどり着いた河川敷は再び照明に照らされ、幾枚ものござが取り残されている。


 野田はござの上で膝を抱えて座り、少しも身動きせず弟を待っていた。


「おねえちゃーん」


 澄空が腕の中からぴょんと下り、姉の元へと駆けだしていく。気付いた野田が転びそうになりながら立ち上がった。彼女は土足の澄空をござの上で抱きしめる。


「船渡川が見つけてくれたんだ」


 顔を上げた半泣きの野田と目が合った船渡川が「たまたま気付いただけだから」と口をもごつかせている。


「ありがとう、アズ。本当にありがとう」


 野田にそう言われ、「うん」と照れ臭そうに頷いた。


「私、アズに迷惑かけてばっかだね」

「……迷惑かどうかはこっちが決めることなんで」


 冗談めかすように言って、船渡川が笑った。




 四人で土手の階段を上る。


「浴衣だと階段、上りにくい」


 浴衣姿の船渡川が文句を言う。「でも、似合ってるよ」と、澄空を抱っこする野田が言うのが聞こえた。


「お母さんとは連絡取れた?」

「電話に出ないんです。『澄空が見つかった』って、メッセージだけは残しておいたんですが……」

「梓紗!」


 浴衣姿の集団が橋をぞろぞろと渡ってきた。船渡川の友人たちだった。


「え、帰ってなかったの?」

「だって心配だし」

「野田ちゃん、弟くんと合流できてよかったね」


 船渡川に窘められて咄嗟に謝っていた生徒が野田の顔をのぞいた。


「みんなも来てたんだ」


 野田はぎこちなく頷いている。


「あのさ、あれは本当に軽い冗談のつもりだったっていうか」


 ショートカットの生徒が浴衣の袖をいじりながら言う。


「何も考えずにぽろっと言っただけで。いや、……ごめんね。ごめんなさい」


 彼女は裾で遊ぶのをやめ、野田に対して深く頭を下げた。


「気にしてないよ。大丈夫」


 野田の口元に笑みを作る。こうやって謝られたら「大丈夫」と言うしかないよな、と思う。


 気にしてないよ、大丈夫。


 菊池にからかわれていた涼真も、口を無理やり開けて笑いながら、周囲にそう伝えてようとしていたのだ。

 きっと。


「……野田ちゃん、また前みたいに遊ぼうよ。そうだ、もうすぐ文化祭でしょ? ダンス部、今年もステージ出るからよかったら観に来てよ」


 浴衣姿の女生徒たちを見回した。そうか、これはダンス部の集まりなのかと今になって察する。かつて野田が所属していた部活だ。

 女子たちはちらっとこちらに視線を送り、額を寄せ合った。


「ねえ、再従兄妹って三親等? 三親等なら文化祭初日に呼べるよね」

「え、四くらいじゃない? それだと一般公開日しか来れないから事前申し込みしないと」


 そんな会話が聞こえてくる。

 ひそひそと話し合って勝手に計画を立てている友人たちを、野田は静かに眺めていた。


 彼女の横顔を見ていると、澄空を連れて行った夏の公園を思い出す。

 笑った目元や拗ねたような横顔が似ていて、二人が姉弟であることを再認識させられる。


 「行く」って一言言って、輪の中に入って、一緒に盛り上がればいいだけじゃないか。ただ視線を送っていても、野田がどうしたいかなんて誰も気付いてくれないよ。


 手を伸ばした。

 彼女の背中を押してやりたいと思った。

 教師になりたいという思いがそうさせるのか、まったく別の感情が自分の体を動かしたのかはわからない。


 しかし触れようとしたその時、彼女はきっぱりと「私は行けない」と告げた。少しも言い淀むことは無かった。


「え、まだ怒ってる……?」


 当然ながら女生徒らは困惑し、お互いに顔を見合わす。


「引っ越すことになったんだ。夏休み明けはもう藤ヶ峰に行かない」


 船渡川を含む女生徒たちは、「えっ」と声を上げしばらく絶句した。


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