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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第3章 星の世界
33/50

33 私の勝ち

 広告の巻かれた駅の柱の前で野田を待った。

 コンコースの天井には提灯がぶら下がっている。「本日は混雑が予想されます」と注意喚起する放送が絶えず流れていた。浴衣を着た老若男女がうきうきと西口の方へ向かっていく。


 浴衣姿はよく「涼しげ」と表現されるが、同意しかねる。帯のところなんて体温がこもってしょうがないだろう。草履の代わりにスニーカーを履いている小学生たちも見かけた。歩きづらいなら浴衣はやめて洋服を着ればいいのに。

 誰かれ構わずいちゃもんをつけたくなるのは暑さと湿気と、人いきれの不快感のせい。

 それから、昨日終わった二次試験のせいだった。

 模擬授業の生徒役の一人が宍倉(ししくら)だったのだ。


 試験自体に手ごたえはあったものの、お世話になった先生の登場に動揺して始終汗だくだくだった。後半は何を喋ったかほとんど記憶にない。

 でも、終わったことだし、これ以上考えてもしかたがない。

 ふーっと息を吐いて肩を回し、そしてはたと気付いた。

 待ち合わせている人物だって浴衣で来るのでは?


 野田は、待ち合わせの時間に少しだけ遅れてやってきた。美術館に行った時と同じピンクのワンピースを着ている。ほっとしたような、ほんの少しがっかりしたような気持になった。

恐竜柄の青い甚平(じんべい)を着た澄空も一緒だった。


「すみません。一緒に行くって聞かなくて」

「いいじゃん、三人で花火見ようぜ。野田は浴衣着なかったの?」

「着たかったんですが……」


 野田は周りをスキップする澄空の後頭部を指さしてから、両腕でバツを作り首を振った。


「澄空がいるから着られませんでした」という意味で正解だろう。


「その代わり、先生に貰ったリップはつけてきました」


 野田は艶めいた口の端を上げた。

 リップのパッケージを見た時は派手な色だと思ったのだが、くすんだピンクは確かに彼女の肌によくなじんでいる。

 感想を口にしていいものなのだろうかと迷っていると、澄空が「はなび、こわいからみたくなーい!」と叫んでくれたので、リップの話はそれで終わりにできた。


「なーに言ってんだよ。澄空、起きてられんのか? 花火やるの夜だぞ、夜」


 澄空と一緒に手を繋いで人の流れに乗った。花火大会が始まるまで、まだまだ時間がある。屋台でそれぞれ好きなものを買い込むことになった。


「やたいにスカイ、うってる?」

「澄空が売ってるってどういうこと?」

「ちがった。スカイじゃなくて、スイカだったあ」

「スイカはどうだろうな」


 西口付近は全て車両通行止めとなり、車道の脇には屋台がずらりと並んでいる。澄空が「しょうてんがいみたい」と目を輝かせた。

 焼きそばやフルーツ飴のオーソドックスな店もあれば、ケバブや海鮮味噌汁を売る珍しい店も出ている。


 澄空はくじ引きやボールすくいをやってはしゃいでいた。澄空の様子を野田はいちいち写真に収めている。仲睦まじい姉弟の姿が微笑ましい。

 そんなことをしているうちに日が暮れてきた。


「よし、食べたいものは買えたか? そろそろ大広場に行こうか」


 大広場の観覧席がそろそろ解放されるはずだ。広さは十分に確保されているのだが、場所によっては花火が見にくくなってしまうから、早めに席を確保しておきたい。

 背負ってきたリュックの中を野田に見せる。レジャーシートと、尻が痛くならないように薄いクッションも持参していたのだ。


「準備がいいだろ」


 得意げになって言うと、野田はいたずらっぽく笑った。


「すみません、先生。私の勝ちです」


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