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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第2章 可視光線
22/50

22 喉から手が出るほど欲しいもの

 カフェを出て三人で駅の構内に入る。

 野田は改札の前で立ち止まったが、その路線では自分たちの住むマンションまでたどり着けない。


「隣駅のホテルのレストランで、家族と食事するんです」

「へえ。記念日か何かか?」

「実は一昨日、私の誕生日だったんです。これから、家族皆でお祝いをしてくれるらしくて」

「えっ、誕生日?」

「大地、彼女の誕生日くらい知っておけよな」


 驚きの内訳の六割は、誕生日が先日終わったばかりだと知ったことに対して。

 残りは、野田の両親に対する驚きだった。

 澄空(すかい)の世話を押し付けているのに娘の誕生日をきちんと祝おうとしているのは、何故だ。


「家族とは、ちゃんと仲がいいんですよ」


 四割の理由を見透かしているかのように、野田は真っ直ぐにこちらを見上げている。


「ただ、今は少しバタついているだけです」


 何と言い返したらいいかわからず、「そうか」と頷いてみる。


「あ、そうだ。来年の誕生日は忘れないようにカレンダーにメモしておく」

「千葉先生と私って、来年も会うんでしょうか?」


 そう言われスマホを出そうとした手を引っ込めた。来年、野田は高校三年生になっている。俺は恐らく美大を卒業し、社会人になっているだろう。

 全ての教員採用試験に落ち、デザイン会社の下っ端としてパソコンを睨んでいるとすれば、野田に関わることはない。運が良ければ藤ヶ峰(ふじがみね)女学園で授業をしているかもしれないが、教師が特定の生徒の誕生日を気にするなんて、どう考えてもおかしい。


「じゃあ大地抜きで会おうよ。俺は大地と違って藤ヶ峰と関係無いから野田ちゃんとどこで会っても無罪だし」


 涼真はスマホを操作し終え、再びポケットに突っ込む。端末にしっかりと野田の誕生日を記憶させたようだ。


「俺だってまだ無罪だよ」


 電光掲示板を見上げた。野田を誕生日パーティの会場へ連れて行く電車が、そろそろホームに到着する時間だ。

野田は微笑み、「もう有罪かもしれませんよ」と言って改札の中へ消えていった。

 つまらなそうな顔の涼真と目が合う。


「おまえ、臭い飯食ってこいよな」

「なんでだよ」


 涼真と二人で電車に乗った。駅前のファミレスでドリアを食べてから帰宅すると、ポストに自分宛ての封筒が投函されていた。

 藤ヶ峰女学園の二次試験の日程を知らせる書類が入っていた。




「教え子に手ぇ出したんかーっ!!!!!」


 「教え子の誕生日に何をあげたらいいか」。

 我が家に泊まりに来た姉に相談したら美顔器がとんできたが、三度目の正直だ。とっさに上体を逸らし避けることができた。

 姉の投げつけた銀色の美顔器は座っていたソファの背もたれに当たり、ぼすっと音を立てて落ちる。こんなものがまともに顔に当たったら鼻が曲がって余計に美男子になってしまう。

 他に投げつけられる物がないかと躍起になって探す姉に、野田と交流するようになった経緯を話してなんとかなだめた。


「へえ、そんな子がいるの。偉いね」


 まだ腑に落ちていないという表情で姉は美顔器を回収する。


「偉いけど、その子の親は何してるわけ?」


 野田の話を聞いて、姉も母や船渡川(ふなとがわ)と同じようなことを言う。


「忙しいみたいよ」

「忙しいって言ったって、自分で産んだ子でしょ?」

「色々あるんだよ」


 多分。


 はっきりしたことを野田は教えてくれない。

 船渡川が野田に不満げな顔を見せる気持ちもわかる気がした。


「でも、その野田さんって子と大地が交際してるなんて噂が立ってニュースになったらどうすんのよ」

「『二十一歳の大学生が教育実習先の女子高生に~』ってか? 手なんか出さないって。ただの元教え子だよ」

「『ただの元教え子』に誕生日プレゼントなんてあげないでしょうが」


 顔に化粧水をしみ込ませながら姉は眉間に皺を寄せる。


「だから、野田のおかげで教師を目指す気になったから、そのお礼も兼ねてだな」

「プレゼント? 誰にあげるの!?」


 リビングのドアが勢いよく開いて、風呂上りの姪っ子たちが飛び込んできた。


「ニコルが起きるから静かにしなさい!」


 姉が一喝する。末娘のニコルは別室で母に寝かしつけられている最中だ。


「大地兄ちゃんがプレゼントあげるの?」

「前の彼女さんに? ヨリ、戻したの?」

「ヨリなんて言葉、なんで知ってるんだよ。元カノと終わったの一年以上前だし……」

「シエル、ハンドクリームがいい。これすっごくいい匂いなんだって!」


 シエルが姉に借りたタブレットの画面を向けた。オレンジ色のパッケージのハンドクリームがSNSで絶賛されていた。


「うわ、高っ」


 ハンドクリーム一本なのに飲み会二回分くらいの金額だった。即座に候補から外す。家事のやりすぎで手が荒れると言っていたから喜ぶかもしれないが、高価すぎる。


「じゃあ、小さいの買えば? アソートになってるやつもあるんだよ!」

「あそーとってなんだ?」

「そもそもハンドクリームはナシかな。野田さんっていう子にとっては育児や家事のためのアイテムなんじゃないの? 自分の誕生日にわざわざそんなもの貰いたくないね。私だったら」

「姉ちゃんの話は聞いてねーよ」


 「おまえが相談してきたんだろーが!」という姉からのツッコミを無視し思いとどまる。

 野田と姉は同性だし、育児に追われているという立場も同じだ。自分より姉の感覚のほうが野田に近いかもしれない。


「じゃあ、これは?」


 シエルにまた別の画像を見せられる。


「パジャマか?」


 パステルカラーの寝間着の画像だった。もこもこした生地で温かそうだ。


「パジャマじゃなくてルームウェアだよ」

「ノエルたちも来年の誕生日にうさ耳のやつ買ってもらうんだ!」

「パジャマとルームウェアって何が違うんだ? これも高いじゃん」

「娘たち。彼氏でも何でもない男から突然ルームウェアなんて貰ったらどう思うよ」


 シエルとノエルは自分の母にそう言われ、瓜二つの顔を見合わせて真顔になった。

 「きもいかも……」と二人の声が揃う。


「でしょ?」


 ルームウェアを提案したのは姪たちなのに、侮蔑のまなざしを向けられたのは何故かこの俺だった。


「姉ちゃんだったら何が欲しいんだよ」

「育児中の人間が喉から手が出るほど欲しいものっていったら、決まってるでしょ」

「え、なに?」

「背中マッサージしてくれたら教える。全力で五分ね」


 姉は俺を払いのけ、ソファの上にごろんと寝ころんだ。


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