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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第2章 可視光線
18/50

18 モラトリアム

「ダンス部の後輩たちが、渡したいものがあるそうでーす」


 船渡川(ふなとがわ)が心底面倒くさそうに言う。「渡したいもの」と聞いてまさかと思ったが、本当にそのまさかで、一年生二人から一通ずつ手紙を貰った。


「よかったら読んでください!」


 二人はぱたぱたと廊下を走って去っていく。遠くからきゃあきゃあ言い合うのが聞こえてきた。


「手紙を貰うなんて俺も捨てたもんじゃないな」

「寺田先生は現時点で九通だって」

「へー。寺田先生、イケメンだもんな」


 振り返って放送室をのぞく。長々とスピーチしている寺田の後頭部が見えた。爽やかな美男子且つ体育学部のマッチョに敵うはずがない。


「その手紙に何が書いてあるかなんて知らないけど、本気にしないでよ。ただの教育実習マジックだから。ずーっと女子校にいると、何でもかんでもよく見えちゃうの」

「わかってるよ。で、船渡川からの手紙は?」


「欲しいの?」と船渡川が顔をしかめる。


「『あること無いこと告げ口しないでください』って書いてあげようかあ?」

「その件については、本当に申し訳ありませんでしたっ」


 直角に腰を折り謝罪する。船渡川が腕を組んだ。


「千葉先生さあ、深刻な問題に立ち入りたいなら、普段からもっとコミュニケーション取って、生徒たちと信頼関係を築いてからのほうがいいんじゃないの?」


 頭を下げたまま「勉強になりますっ!」と返事し、気付いたことがあって顔を上げた。


「やっぱり、船渡川にとっても野田のことは深刻な問題なのか?」

「た、例えばの話だから!」


 野田の名前を出すと明らかに動揺した。


「野田も、船渡川はめちゃくちゃ良いやつだから、嫌がらせなんてしないって言ってたよ」

「ミイが、そう言ってたの?」

「うん」

「……良いやつなんかじゃないよ、私」


 船渡川は顔を伏せ、途端にしおらしくなってしまった。

 放置されたままになっているパズルゲーム。

 それをどう扱ったらいいか、船渡川もわからなくなっているのかもしれないなと、詩的なことを考えた。


「あ、私、気付いたことがあるんだ」

「何?」

「私、目が悪いのね。視力検査でいつも引っかかるんだ。だから、睨んでるように見えたんだと思う。今後は気を付ける。じゃーね、先生。実習お疲れ」


 そう言って片手を上げ、彼女は踵を返した。

 



 息つく間もなく、また実習の思い出に浸る間もなく、目まぐるしい学生生活が再開した。


 実習に行っていたため講評に出せなかった課題を提出し、教授たちにボロクソに言われる。

 卒業制作の下描き(エスキース)のチェックを受ける。

 卒業制作に向け木枠にキャンバスを貼る。

 自治体の教員採用試験を受けるも撃沈。

 講義のレポートを提出し、テストの勉強をする。

 大学のアトリエの大掃除。

 案内には「服装自由」と書かれている企業説明会へ、リクルートスーツを着て参加する。

 書類選考で落とされる。

 まれに面接に進む。

 また落とされる。

 教員採用試験の不採用通知を受けとる……。


 「文系って暇そう」と揶揄されることもあるけれど、そこそこ忙しくやっているのだ。そもそも美大は文系にも理系にも分類されない気がする。




「……あんた、就活は?」


 そうめんと天ぷらが並ぶ夏らしい食卓を前に、怪談話を催促するかのような顔で母が訊く。


「だって俺、藤ヶ峰(ふじがみね)の先生になるしい~?」


 麺をつゆに浸しながら、ある意味お化けより怖い話をすると「正式に採用されたわけでもないのに何言ってんのよっ!」と母にキレられた。


「とにかく、教職の先生たちによーく相談しなさいよ。モラトリアムさせる余裕なんてうちには無いんだからね」

「ごま油使った? この天ぷら、すげーうまい」


 話を逸らし、海老の天ぷらをかじった。




 次の日、覚えの無い番号から電話がかかってきた。

 先週面接した会社の人事部からで、内定をくれるという。

 初めて貰う内定だった。自宅から二駅離れた場所にあるデザイン会社で、デザイン会社といっても小さく、図案を一から考えるような仕事はほとんど無い。待っているのはひたすらパソコンにぽちぽちとデータを入力していくような仕事だった。その仕事を本当にやりたくて応募したのかと訊かれたら、言葉に詰まる。


 これで就職浪人は逃れたが、むしろ尻に火が付いたような思いだった。気持ちは完全に「教師」に傾いていた。 

 実習が終わって少々気が抜けていたが、来週から藤ヶ峰のアルバイトも始まることで徐々にモチベーションも回復してきた。

 だが、母が言うように採用が確約されているわけでは決してない。




 およそ二か月ぶりに藤ヶ峰を訪れた。

 エアコンの効いた自習室で皆無言で勉強をしている。受験を控えた三年生ならともかく、二年生や一年生も同じ調子だ。「夏休みなのだからもっと遊びなさい!」と教室の真ん中で説教したくなる。

 監督という役割を与えられここへ来たわけだが、生徒たちを残して部屋を出てもトラブルは発生しないだろう。万が一何かあった時に過失を問われないために、形式上、監督を置いているのだ。


 空いていた机を借り、持参したノートパソコンを開く。私立校の求人情報を調べるためだ。

 昨日、藤ヶ峰女学園のホームページに教員の求人情報が掲載され、さっそく書類を書いて応募した。全国的に見て美術の専任教師は募集自体が少なく、その分倍率も高くなる。落ちる可能性の方が高いのだから、宍倉の助言どおり他の学校もチェックしなくてはならない。

 優等生ばかりという環境のおかげで、調べ物は大いにはかどった。




 夕方になり、自習室の鍵を返してから玄関ホールを出る。まだ空が青い。夏の日の長さを体感しながら正門に向かう。


「ほら、もう帰るよー」


 幼稚園の門が開いていた。滑り台付きの複合遊具に上っていた男の子に若い母親が手を伸ばし、優しく抱え込む。

その姿が野田と澄空(すかい)と重なる。

 教育実習が終わって以来、あの姉弟には一度も会っていない。二人が二○一号室に訪れることもなかった。

 便りが無いのはいい便り。そんな言い回しもあるが、野田の性格を考えると心配になる。

 身分証明書を返却するため、正門の脇の警備員室へ向かおうとした時だった。


「うわっ……」


 足に何かが突進してきた。小動物か何かかと思って見下ろす。

 さっきまで遊具で遊んでいた男の子がいた。


「せんせー!」


 よく見ると、ヘルメットを被った澄空だった。


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