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真昼の星を結ぶ  作者: ばやし せいず
第1章 内緒の子ども
11/50

11 澄空

「食べていきなよ。せっかくだし」

「でも」


 まだ遠慮している野田をよそに、スカイが「カレーみせて」とリビングに駆け戻っていく。


「スカイ!」

「ほら、野田もリビング入りな」


 こんなやり取りをしているのが少々面倒になり、野田を促す。彼女は渋々、我が家のリビングに足を踏み入れた。


「手伝います」


 キッチンに立つ母に野田が言う。


「お姉ちゃんはソファで横になっていて。大地はスカイくんと遊んであげなさい」


 野田はソファの端にちょこんと座ったが、横にはならなかった。ちゃんと膝と膝を閉じ背筋を伸ばしている。


「せんせー、てんつなぎやろ」


 スカイはダイニングチェアの下に放ってあった恐竜柄のリュックを引っ張り出し、中からコピー用紙とカラーペンを取り出す。


「いつの間に持ってきたの」


 野田があきれたように眉をひそめた。

 テレビの前のローテーブルの上にコピー用紙を広げ、スカイはさっそく点つなぎを開始する。ヒントなんて出さなくても、一、二、三……とスムーズに点を結んでいく。


「数字がわかるんだ。すごいじゃん」


 だから一人で「二○一」を目指して来ることができたのか。


「そうなんです。スカイは点つなぎが大好きで、数字もいつの間にか覚えたんです」


 野田が目を細めた。スカイを見守る彼女の表情は、姉というよりは母といった様子だ。

 スカイは順調に点を繋いでいると思ったが、十個目の点を結び終えたあたりで雲行きが怪しくなってきた。

 十一のあと、順番をすっ飛ばして二十、二十一、二十二と、見当違いの方向へペンを走らせている。


「スカイ、十一のあとは十二だよ」


 教えてやると、「ああそうか」という顔を見せる。十一からやり直すのかと思いきや、二十二の点から十二の点へぐるんと迂回してしまった。


「それだと変になるって。十一に戻りな」

「あー、もう、わかんないよお。せんせーがやって!」

「俺がやったら意味無いだろ」

「スカイ、私がやるから貸しなさい」


 野田が身を乗り出す。


「野田はいいって。うちはテキトーな家なんだから、ごろごろしてなよ」


 スカイのペンを借り、カラーペンで十一からやり直す。


「ほら、完成」

「できたー。ウサギだったんだあ」


 いびつだし余計な線が入ってしまったが、全ての点を結ぶと確かに一羽のウサギに見えなくもない。

 もっとやってほしいと言うので、二枚目、三枚目と点つなぎに取り組んだ。スカイは小さなスケッチブックにぐちゃぐちゃと線を描き殴っている。


「これ、せんせー」


 モズクのようなぐちゃぐちゃが俺だそうだ。

 このくらいの年齢の子に人間を描かせると顔から直接手足が伸びたカービイのような絵になると習ったのだが、あれは机上の空論か。

 野田は何も反応を示さなくなった。背もたれに寄り掛かり、静かに目を閉じている。


「お待たせ。こっちにおいで」


 母が呼びかけると野田が目を開けぱっと立ち上がった。

 テーブルの上には小ねぎを散らした玉子雑炊、そして大人一人分、子ども一人分のカレーライスが並んでいる。


「母さんは食べないの?」

「この前言ったじゃない。酔っぱらって聞いてなかったんでしょ。今日はこれからパートさんたちと『カシミール・カシミール』で激辛女子会するの」

「家にカレーがあるのにカレー屋に行くのかよ。あと母さんたちは女子じゃないから」

「商店街にあるカレー屋さんですよね? 激辛のカレーしか出さない……。私もあそこ大好きです」

「あらあ、辛口派なの? 気が合うわね」


 若者と気が合うことがわかったからか、母は嬉しそうだ。


「じゃあ大地、冷凍庫に残ってるタッパーと今茹でてるジャガイモ、持たせてあげなさい」

「いつの間にジャガイモ茹でたの? 手際が良いな」

「辛口派なんだから『あれ』もちゃんと渡してあげなさいよ」

「お、了解」


 バッグを肩に掛ける母に大きく頷く。子どもも食べられる甘口カレーだから、「あれ」が無くてはお話にならない。


「おばちゃん、いっちゃうの?」


 母に懐いた様子のスカイが眉を八の字にさせた。


「そうなのよお。また今度遊びましょうね。じゃあね。おばちゃん、楽しかったよ」


 三人で母を玄関まで見送る。


「本当にありがとうございました」


 野田が丁寧に頭を下げる。


「困ったことがあったら、またいつでも来なさいね」


 母に真っ直ぐに見つめられた野田がこくんと頷いた。頷いたことを確かめて、母が微笑む。


「そういえば、スカイくんの名前ってどんな字を書くの?」


 パンプスを履きながら母が訊く。


「スカイは、……『空気が澄む』の『澄』に『空』で、『澄空(すかい)』です」





「おほしさま!」


 星の形にくり抜かれたニンジンを澄空(すかい)がスプーンですくう。

 姪たちの代わりに喜んでくれる人物が現れたので、ニンジンも報われただろう。形が少しくずれてしまったのが残念だが、調理した身としても手間が無駄にならずに済んだからよかった。


「おほしさまのあじがする!」


 澄空が星形のニンジンを二ついっぺんに口に放り込む。


「す、澄空がニンジンを食べてる……」


 澄空の隣で、顎にマスクをかけた野田が感動している。


「弟は野菜が苦手なんです。カレーにしちゃえば少しは食べられるんですけど、ニンジンだけはどうしても食べようとしなくて、いつも手を焼いてたんです」


 話の内容や口ぶりのせいで、目の前にいる女子高生が澄空の母親に見えてきてしまう。


「野田はよく澄空の面倒を見てるのか?」

「平日はほぼ毎日、土日もたまに。両親は忙しいので」


 そう言いながら、澄空の着ているパジャマにこぼれたカレーを拭いている。澄空の食事の介助をするので、野田はなかなか雑炊を食べ進めることができない。


「毎日か。それは大変だな。うちの親はちょっとお節介だけどいつでも頼りに来ていいから」


 野田はぶんぶんと首を振った。


「お節介だなんて。千葉先生のお母さんにも、千葉先生にも本当に感謝してます。迷惑かけてすみません」

「言っただろ。うちの親は保育園で働いてたし、ベビーシッターをやってたこともあるから子どもが大好きなんだ。俺だって子どもの世話くらいできるし」

「千葉先生、子どもいるんですか?」


 そう尋ねる野田の顔が真面目なので笑ってしまう。


「子持ちの教育実習生なんてそうそういないだろ。姪っ子がいるんだよ。姉の子どもたちで双子なんだ。最近また一人生まれた」

「双子ですか。かわいいんだろうな。でも先生のお姉さん、なかなか休まらないでしょう」


 ねぎらいには女子高生とは思えない重みがある。


「双子が小さい頃はめちゃくちゃ大変そうだったね。俺もよく面倒を見に行ってたから、子どもはわりと慣れてるんだ。だから、先生に隠し子がいるだなんて噂しないでくれよ。……あ」


 失言に気付き口に手を当てる。


「カクシゴって、なにー?」


 澄空が皿から顔を上げた。


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