第8話 六月の客人神
コンビニでアルバイトをしていて気づいたのは、世の中俺が思ってる以上にヤバイ奴らが多いということだ。
後ろがすごい並んでるのにのんびり小銭を出すやつとか、無駄にカリカリしてるおじさんとか、お箸いるか聞いただけで逆ギレしてくるやつとか。
個人的にムカつくのが、タバコを番号じゃなく銘柄で言ってくるやつ。
タバコに縁もゆかりもない人生を歩んで来たので、事前知識がない俺にはかなりキツい。この間は「マイセン」と言われ探したが見つからず怒鳴られた。後でググったら「メビウス」の前の名前が「マイルドセブン」だったらしい。知るか。
そんなこんなで今日も楽しくコンビニバイトに精を出していたら、いつものように銀千代がやって来て、ゆっくりとカゴに品物を入れ始めた。最近は俺の上がる一時間前にやってきてはゆっくりと買い物をし、同じタイミングで帰宅するようになったのだ。ちなみに一時間も滞在できるほど、店内は広くない。買い物かごに入るのは雑誌や消耗品ばかりで普通にスーパーで買えば半額以下に抑えられるものばかりだ。物価高騰の影響で陳列された商品はけして安くないのに、芸能活動で儲かっている銀千代には関係ないと言わんばかりに、ガンガンカゴに入れていくので羨ましい限りである。
「しゃわせー!」
そんな銀千代をのんびり観察しながらフライヤーの掃除をしていたら来店があった。
「……」
あ、あのスーツのおじさん、仕事帰りにいつもストロングゼロ買って行く人だ。買うものが決まってるから会計はいつも早いんだけど、この間、レジが凄い混んでて、去り際に「ちんたらレジ打ってんじゃねぇよ」って舌打ちされたから苦手なんだよな。つうか、レジ混んだのは俺のせいじゃないし。
まあ、客商売なのでなんとも言えないが、
「あ」
運が悪いと言うかなんというか。
「いらっしゃせ」
ちょうどマイペースなおばあちゃんが俺のレジにやって来た。常連ではあるが、チマチマと小銭を出してくるのでこの人が来るとレジが滞るのだ。助っ人を呼びたいところだが、相方でシフト入ってる佐伯さんはちょうどごみ捨てで外に出ているので、なんともタイミングが悪い。
「バーコード決済で」
「あ、はい」
シャリンとおばあちゃんのスマホが鳴って決済が終了する。
「いつもありがとねぇ」
「あ、いえ、またお願いいたします」
おばあちゃん、いつの間にかバーコード決済覚えたんだ?
お陰で一瞬でレジが終わり、並んでいたサラリーマンの会計に移ることができた。
いつものようにストロングゼロのバーコードを読み、値段を伝える。スムーズに会計が終わり、お釣りを渡すとき、
「こないだはすまなかったね。バスに遅れそうになっちゃって。あれから余裕を持って行動するように心掛けてるんだ。バス逃しても散歩できるって思うとなんか心にゆとりができてさ」
「あ、あぁ、よかったです」
「また来るよ。じゃあね」
「ありがとうございましたー!」
軽く手を上げて退店するサラリーマン。なんとも爽やかな去り際だ。
お客さんの質が著しく上がっている気がする。佐伯さんが俺に仕事を教えてくれていた時、「客層はまじでゴミ」「このあたりの民度はヤバイ」「殺人が起こらないだけのロサンゼルス」とかぼろくそ言っていたのに、妙な気分だ。
狐につままれたような気分で接客しているとこの前お箸つけるかどうか聞いたら「じゃあ、お前素手で食えっていうのかよ!」と理不尽に声を荒らげた大学生風のひょろい男が来店してきて、前回と同じように弁当をカウンターに置いた。
「お弁当温めますか?」
「シャス」
「かしこまりましたー」
レンジに入れて、それからお箸を用意っと、
「お箸一膳つけてください」
「あっ、はい」
くそ、前回の反省から言われる前に行動しようとしたのに、まさか向こうから言ってくるとは。
「いつもありがとうございます。本当はお金を払いたいくらいなのに、お箸を無料で頂いてしまい申し訳ないです」
「あ、あぁ、いえ」
「これほんの気持ちですが、入れておきます」
「あ、ありがとうございます」
チャリンと小銭が募金箱に落ちる音とチンと電子レンジの温めが完了した音が同時に響いた。
気持ちよく男の背中を見送り、俺は首をひねる。
妙だ。
客質が良くなるに越したことはないけど、ここまで急に心変わりするとまるで自分が世にも奇妙な物語の世界に迷い込んだかのような錯覚に囚われ、
「あんちゃん、タバコ」
「あ、はい」
「21番、メビウス・プレミアムメンソール・オプションパーブル8を一つくれ」
あの時怒鳴ってきたおっさんだ。でも今回は番号言ってくれてるし、スムーズに渡せるぞ。
「こちらでよろしいですか?」
「おお、そうそうこれこれ。あんちゃんいつもありがとな。やっぱりちゃんと言わないと伝わらないことはあるよな」
「……はぁ」
何事もなく会計を終わらせ、おっさんは気持ちよさそうに鼻歌混じりに店をあとにした。
「一体全体どうなって……」
「ゆーくん、はいこれ」
「あ、銀千代……」
「袋ください」
「かしこまりました」
「あとおでんください」
「おでんはまだやってないです」
「たまご一つ」
「やってないって」
なんかそんか歌あったな。
「あ、そうなんだ。じゃあ、ファミチキください」
「うちはファミマじゃありません」
「からあげくんください」
「セブンでもないです」
「からあげくんはローソンだよ、ゆーくん」
「わかってんだったら注文すんな」
「あーほらー店員さんがそんな言葉遣いしちゃだめだぞ」
やかましいわ。
「……失礼いたしました」
舌打ちが出そうになるのを辛うじて留めて銀千代が持ってきたカゴの商品を読み取ろうとスキャナーを手にしたところで、バックヤードから佐伯さんが小走りでやって来て、俺の耳元で、
「宇田川大変だ、事務所にゴキブリがでた! ここは私がレジ打つから代わりに退治してきてくれ!」
と早口で囁いて、俺の手からスキャナーを奪い取った。
「あ、了解っす」
ゴキブリぐらい自分で退治しろよと一瞬思ったが、佐伯さんも女の子だし、仕方ないとレジ当番を交代しようしたら、
「ちょっと! 代わらないでください!」
金切り声が響き渡った。
「……あ、へ?」
「ゆーくんと楽しく会話しながら買い物するのが銀千代のココ最近の楽しみなんです! そのために煩わしい他の客共を教育したのになんで邪魔すんですか!?」
一番厄介な客だ。
「お金を払ってるんだからゆーくんともっと会話させてください!」
ここはキャバクラじゃねぇーぞ。
「あ、し、失礼しました」
呆気にとられた佐伯さんが静々と俺にレジを譲る。
仕方無しにカウンターを挟んでまた銀千代の正面に立つ。
「全く空気が読めない店員さんだね。お客さんの教育を終わらせたと思って一安心してたよ。従業員の方もちゃんと教育教育教育教育教育教育教育しないとだね。ゆーくんが気持ちよく働けるための環境整備頑張るね」
「……いや、えと、お客さんになにしたの?」
「それはここでは言えないよ」
「……」
「……」
「銀千代」
「なぁに、ゆーくん!」
「出禁です」
やめようカスハラ。