第7話 六月の夏はすべてを置いていく
雨が降りそうな分厚い雲が空を覆い、じっとりと蒸し暑い空気が肌にまとわりつく、そんな六月のことだった。
こういう天気の悪い日は引きこもってゲームに限る。コントローラーを握って、本体のスイッチを入れたところで、
「二ヶ月記念日おめでとう!!」
チャイムを押さずにしれっと銀千代が家に入ってきた。
「何だお前いきなり」
アポイントなしの訪問だ。毎度毎度のことなので、部屋を常に清潔に保とうと意識できるのは、唯一の利点かもしれない。
「今日は銀千代とゆーくんが付き合ってちょうど二ヶ月目の記念日なんだよ」
「……ひょっとして毎月祝うつもりなの?」
月命日かな?
「本当は毎日お祝いしたいけど、毎日は疲れちゃうからね!」
毎月も疲れちゃうけどな。
「おめでとーございますー!」
銀千代は心底嬉しそうにニコニコしながら拍手した。
「これからもどうぞよろしくね!」
「あぁ、どもっす」
一ヶ月祝いは、まあ、分からないでもないから、美味しいケーキ食べたけど、流石に毎月はやる気しない。どうやって今後お祝いを辞めさせるか思案する俺を無視して銀千代は懐からラッピングされた箱を取り出した。
「これね。お祝い!」
「あぁ、いや、えっと、悪いな、俺何も買ってなくて」
「ううん。いいの。銀千代がゆーくんにプレゼントしたいって思ってるだけだから。大切に使ってくれると嬉しいな」
「使う……? えーと、開けていいか?」
「もちろん! 喜んでくれるといいな」
無意味に体を揺らす銀千代の横で恐る恐る包装をといていく。手のひらサイズで、大きくはないが、ずっしりとした重みがある。なんか怖いんだよな。流石に切断された指とかはないだろうけど、……ないよね?
ラッピング用紙を解いて出てきたのはスマホだった。最新型のやつだ。ハイエンドで正規店で買えば十万は下らないだろう。
「お、お前、こんな高いもん……」
「えへへー。初期設定は終わらせておいたよ」
「貰えないよ。誕生日とかならまだしも、こんな、なんでもない日に」
「なんでもなくはないよー。二ヶ月目記念日だよ!」
なんでもない日だよ。
「にしたって、学生同士のプレゼントにスマホはないだろ」
あんまり高いものもらうとお返しが大変なのだ。
「そんなことはないよ。それにさ、ほら。じゃん!」
銀千代は懐からスマホを取り出した。同じ機種だった。
「おそろい!」
「いや、でも、悪いし……」
「で、もって、ほら!」
突き出された画面にはなんか良くわからんチャートみたいな折れ線グラフが映し出されていた。
「株で儲かってるから!」
「ああ、そう」
「銀千代たくさんお金持ってるし、貯金もあるし、運用もしてるから、このプレゼントはゆーくんに上げたかっただけなの! 受け取って! お願い!」
「あ、あぁ。わかったよ。ありがとうな、銀千代」
「えへへへへへぇー」
銀千代はニマニマと目を細くすると、俺の背中に貼り付いてきた。
プレゼントとされた手前、抵抗することができない。
銀千代ははしゃぎ声のまま、俺に頬ずりした。
「ね、ね、早速起動してみて」
「あ、あぁ。そうだな。ありがとう」
電源を入れる。数秒後に画面がつく。ロック画面が銀千代と俺のツーショットだった。
「すぐ使える状態にしてあるからね」
「いや、ちょっ」
「暗証番号はゆーくんの誕生日だよ」
「……はぁ」
なんだかすごく嫌な予感がする。
「そして彼女の誕生日……!」
四桁の数字を打ち込みスマホのホーム画面にたどり着く。どうでもいいが、俺と銀千代は同じ日の生まれだ。
「あ、よかった」
先程初期設定を終わらせたと言っていたが、流石俺のストーカー、使ってたアプリとかちゃんと入れてある。
とりあえずラインをチェックしてみよう。
「……あ」
すべての友達が消えていた。
「は?」
トーク画面にはなにもない。
「あ、そうか、ラインも引き継がないとな」
「そのことなんだけどね、ゆーくん……」
俺は枕元の今まで使っていたスマホを取り出し、IDを確認するためラインを起動させた。
「え?」
利用することができません。
端的にそう書かれていた。
つうか、電波がバツになってないか、これ。
「……」
何勝手にSIMカード抜き取ってんの、この女。
「実は……ラインの引き継ぎミスちゃって……全部消えちゃったんだ……」
「お前……っ!」
絶対わざとだろ!
と怒鳴ろうと振り返ったら、
「ごめんなさいぃぃ、ゆーくんんんん!」
銀千代はボロボロ泣いて額を床につけた。
「ゆーくんに手間を取らせる訳にはいかないって思って頑張ったんだけど油断してて、ごめんなさい……! 銀千代とのトーク履歴は銀千代のスマホがあるからいつでもバックアップできるんだけど、他は全部消えちゃった……!」
「くっぅ、まあ、まあ、いいよ。そんな友達多くないし」
「ごめんね、ゆーくん!」
「まあ、今度からこういうのは自分でするから勝手に色々と進めないでな。つうかSIMカード勝手に抜くのまじでやめろ」
「うん! わかったよ!」
別に連絡取りたい友人とかいないから、まあ、いい、と気持ちを切り替えて、とりあえず新しいスマホの最初から入っていた連絡帳アプリを開く。こっちも初期化していた。
まあ、これに関しては旧端末見ながら手打ちすればいいかと、そっちの連絡帳を起動させる。
親と銀千代以外の連絡先が消えていた。
「なんで!?」
「ごめんなさいぃ、ゆーくん!」
がばりと頭を下げる銀千代。
上げたり下げたりで赤べこみたいになってるね。
「ラインあれば連絡帳いらないかとおもって消しちゃった。消したあとで引き継ぎミスっちゃって、とりあえず銀千代とお母様とお父様の連絡先だけ入れておいたんだ」
なんでお前が俺の両親の連絡先知ってんだよ。
「……これじゃあ、もう同級生とかに連絡取れないじゃん」
「そうだね!」
そうだね、じゃねぇよ。新生活始まって一ヶ月という絶妙なタイミングで人間関係リセットしやがって。
「……あぁ、でも銀千代経由で高校のメンツとは繋がれるのか」
「銀千代、卒業と同時にゆーくん以外の連絡先全部消したよ」
「……そうか」
「必要ないからね!」
「そうか」
まあ、正直連絡できなくても困ることはないだろうが、地元戻ったときとか友達に会えないのは結構辛い。それに同窓会とか成人式とか、そういうのも今後やっていきたいし…。
「そうだ」
俺はやってないので、詳しくないが、インスタやティックトックでリアル友達のアカウント見つけられればそっから繋がるのは容易なんじゃないか?
一人旧友見つければ芋づる式だろうし。
ストアアプリを開く。
アプリを見つけるのに時間はかからなかった。
「よし」
ダウンロード、とタップしたら変なポップアップが出た。
承認をリクエスト?
なんだこれ。
【このアイテムを利用するには保護者の承認が必要です。
詳細 保護者へリクエストする】
俺がこのアプリをインストールするのにいちいち保護者の許可が必要ってことか?
これ、もしかして小さい子向けの使用制限かかってるってこと?
保護者って、
ちらりと銀千代を見る。
「?」
とぼけた面しやがって。
とりあえず承認依頼を出してみる。
「む」
銀千代のスマホがバイブで震えた。ポケットから取り出して画面を確認し、ポケットにまた戻す。
「……」
目線を俺のスマホに戻す。
承認依頼が却下されたと表示されていた。
「なんでだよ!」
「なにが?」
「なにがしゃねぇよ。見守り機能搭載してんじゃねぇよ。ふざけんな!」
「あぁ、そのこと。うん。銀千代も悩んだんだけど、ゆーくん、熱くなるタイプだからソシャゲの課金とか怖いなって思って。だから涙をのんで見張ります!」
ビシッと敬礼。嬉しそうだ。
「いや、そうかも知んないけど、俺の金を何使おうが、俺の勝手じゃん! つうか、アプリくらい好きにダウンロードさせろよ!」
「ギャンブル中毒は怖いから、小さいところから始めようとおもって。それに和子さんからも一人暮らしでハメ外さないように見張っててって言われてるから。あと端末代金もだけど契約料金も銀千代が払ってるから安心してね」
「契約もとに戻せ! 自分の使用量は自分で払うから、インスタぐらいは自由にさせろ!」
「ゆーくん、色気づいちゃだめだよ」
「……何の話?」
「インスタ女子は一見キラキラしてるけど、上辺だけ取り繕ってるだけだから、ゆーくんにはふさわしくないし、そもそも銀千代がいるからそんな連中と付き合う必要はな」
「おめぇが連絡先全部消したからアプリ入れようとしてんだろうが!」
という魂の説得も通じず、俺のスマホは銀千代の監視下に置かれることになった。
いつの間にか雨が降り出していた。




