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第6話 五月はマインドフルネスの季節


 有意義な四年間を過ごすためにはどうしたら良いか。

 大学案内のパンフレットやSNSで調べてみると、どうやらサークル活動がマストらしい。とはいえ自身の興味のある物がなにか全く思い浮かばなくて、とりあえず暇つぶしがてらキャンパスをぶらついていたら、「SF研究会」と書かれたポスターを見つけた。ネコと犬が笑顔で土星の周りを飛んでいる謎のイラスト付きだ。


「……」


 春の木漏れ日が優しく揺れている。


 まず貴重な四年間をSFという謎の分野に費やそうと思う奴らの気がしれないし、これに所属して就活が有利になるとは到底思えなかった。

 だけど、無性に心惹かれてしまうのはなぜだろうか。

 気がつくと活動場所に書かれた教室の前に立っていた。


「すみません」


 ノックを数回してから、小さく声をかけたら、奥の方から「どうぞ」とくぐもった声が聞こえた。

 恐る恐るアルミドアを開けると、ぎっしりと蔵書の詰まった本棚が出迎えてくれた。

 部屋は散らかっていて、五畳ほどの狭いスペースは足の踏み場がないほど散らかっていた。ほこりっぽいし、換気が全くできていない。


「入部希望者?」


 長机に置かれた紙束の隙間に人影を見つけた。椅子に腰掛けた小柄な女性がこちらを気だるげな様子で見ていた。


「あ、えと」


 俺が返事をするより先に、女性は立て付けの悪い机の引き出しをガタガタと開け、中から一枚のプリントを取り出して、机の上に放り投げるように置いた。


「この書類にサインしてね」


 長い髪はボサボサだったが、顔立ちは整っていた。


「いえ、入部希望というわけではなく、ちょっと見学がしたくて」


「見学?」

 目を細めてじっと見つめてきた。何を言っているのか、わからないとでも言いたげに首を微かに捻ると、

「いいけど……あんまり面白いものはないよ」

 と首を回しながらつぶやいた。


「はぁ……。どんな活動をしてるんですか?」


「寝てる」


「は?」


「睡眠というのは擬似的なタナトスだと思うんだ。だから夢を見るというのは死後の世界の体験なんじゃないかと思って。だから寝てる」


「そうですか……」

 なるほどなかなかの変人らしい。

 早くもSF研究会とやらに興味がでてきたが、当事者になるのは危なそうだから、この辺でお暇しようかと背後のドアに手をかけたとき、


十五時(さんじ)になったら起こして。ここにある本は自由に読んでいいから」


「いや、ちょっ」

 と、声をかけたが、女性はすでに目を閉じ、小さな寝息をたて始めていた。


「……まじ?」


 いやいやいや、のび太くんじゃあるまいし寝るの早すぎないか?

「……」

 まあ、俺には関係ないか。とその場をあとにしようとドアを開けたら、廊下の奥の方に人影を見つけた。

 華奢なシルエットは手にスマホを持ち、しきりにあたりをキョロキョロしている。


 銀千代だ。どこにでもわいて出やがる。


 節電と称してサークル棟の電気は絞られている。薄暗い廊下を練り歩く銀千代の顔は、画面のライトに照らされ、さながらホラー映画のようだった。

 男女別の健康診断が体育館で行われたので、終わるタイミングをズラし、なんとかストーカー女をまいたのだ。

 音を立てないように静かに扉を閉める。

 衣服をチェックし、電子機器の類がないかを確認する。エアタグの類はなし。どうやらスマホのGPSを辿ってきたらしい。即刻電源オフ。

 危ないところだった。少しゆっくりしてから帰ることにしよう。壁に立てかけられていたパイプ椅子を広げて腰を落ち着ける。


「……」


 スマホがしばらくいじれないので手持ち無沙汰だ。仕方がないので立ち上がり本棚をざっと眺め見る。

 ムーのバックナンバーは充実していたが、興味がそそられる題材はなかった。

 宇宙人とか秘密結社とかUMAとか陰謀論とか古代遺跡なんてものに俺は心惹かれないのだ。


「ん……」


 マインドフルネス、というタイトルが背表紙に書かれた本を見つけた。何処かで聞いたことがあるが、具体的にはどういう意味だろう、と思い本を手に取る。

 最初のページに書いてある内容を要約すると、過去や未来を憂うこと無く、雑念を払う。そうすることで生産性向上、ストレス軽減が狙えるらしい。心を落ち着かせることに集中し、「今」と向き合う、近年ビジネスマンに着目されているメソッドらしいが、端的に言ってしまえば「瞑想」だ。なかなか興味深い。HPが結構回復できそうな響きだ。

 高校の時、倫理の授業で座禅をしたことあるが、似たようなもんだろうか。とりあえずやり方を確認してみよう。


 まずあぐらをかいて座る。めんどくさいから、椅子の上でいいやと次の項目にうつる。

 めくったページに曼荼羅のような絵が描かれていた。これを三十秒、集中して見つめる。ふむ。

 そののち、呼吸を整え、自身の呼気を意識する。ふむ。

 なにか思い浮かんだり、思い出してもそれを追わず呼吸にのみ集中する。うむ。

 うむ。

 うむ。


 本を置いて、深呼吸し、瞑想に集中する。


 今俺は「無」だ。何も考えていない。完全に宇宙とアクセスできている。

 過去のしがらみも、未来の不安もない、「今」のみが俺を支配している。

 なんとここちがよ……、

 いや、まて、思考が止まってないぞ。

 止めなきゃと思ってる時点で、思考している。

 これじゃ瞑想失敗じゃないか?

 なんだろうこの明日早いのに眠れない状態みたいなの。

 落ち着かせよう。一旦リセットだ。


「……」


 お、よし、落ち着いてきたぞ。

 いい感じだ。ねり飴のようにゆっくりと思考が溶けて――


「ゆーーくーーん!」


 外部からの呼び声で自意識は再び現実に引き戻された。

 銀千代の声だ。あいつ、俺が見当たらないから、迷子になって親を呼ぶ子供のように大声を上げる手段に出たらしい。

 おかげ瞑想は中断だ。

「……」

 なんだかんだで、過去と今は銀千代に塗りつぶされている気がする。


 まあいい、マインドフルネスをやり直そう。


「ゆーーーーーくーーーーん!」


「……」


 くそ、こんなんじゃ集中できねぇよ。

 草原で迷子になっためいちゃんを探すおばあちゃんみたいな声かけだ。


 もういい。いっそのこと脳をフル稼働させて、疲れ果てちゃえば、何も考えなくてすむようになると考えよう。


「ゆーくーん! どこぉー!」


「うるせぇぞ!」


 他のサークル室の人から怒鳴られた。

 雑音を追い払おうと俺はきつく目を瞑る。


「うるさくないよ! あなたのほうがよっぽどうるさい!」


「なにいってんだ、このバカ女、いい加減にし、え、ちょっ、も、もしかして、芋洗坂39にいた金守銀千代さんですか!?」


「元だけどね」


「ず、ずっと、ファンだったんです! (あい)(らぶ)ゆー(らぶ)のミュージックビデオ見まくりました!!」


「そうなんだ。応援サンクス」


 喧嘩が始まったかと思ったら、ファンサが始まったので、深く考えるのは止めた。


「ふっ」

 心を落ち着かせる。

 銀千代と俺とは、ずっとこんな感じだ。

 いい機会だし、瞑想がてら、あいつとの思い出を振り返ろう。気付けばスッキリしてそうな気がするし。




 そうだな、たしか、

 初めての出会いは幼稚園のとき、銀千代が隣に越してきたときだ。

 できるだけその時を詳細に思い返してみる。

 小鳥が鳴く、良く晴れた日の午前中だった。開かれた玄関ドアから吹き抜ける風を心地よいと思ったことを覚えている。

 朝ドラに出ている子役によく似たかわいい女の子だった。

 母親の足にしがみついてこっちをじっと見ていたっけな。

 おかっぱで、くりくりとしたボタンみたいな目をしていて、


「……」

(か、かっこいい。なんて名前なんだろう)


 ふと、声が聞こえた気がした。


 ああこれ、夢か、と即座に理解する。


 どうやら銀千代の心の声が、夢という形でリフレインしているらしい。

 銀千代はモジモジとこちらを赤くなりながら見つめていたが、実際どう思っていたかは不明だ。


 場面が転換する。


「あなたと話してると馬鹿になっちゃう。話しかけないで」

(声かけると照れちゃってまともに話せなくなっちゃうの)


 時間が飛んで、小学三年生くらいの一幕。人がまばらな教室。放課後だろうか。この頃はかなりつっけんどんな対応をするやつだった、秀才で天才肌な自分の幼なじみが凡庸な俺だったことが気に食わなかったのだろう。実際彼女がどう思っていたのかは、まあ、俺の想像だけど。


「うるせーな。ちょっと明日の宿題の答え聞いただけじゃんか」


「こんなことも出来ないなんてノータリンね」

(もっと頼って! あなたに絶対苦労させないから!)


「ならもういいよ」


「ふん」

(ああ、行かないで。もう、私のバカバカ! なんでもっと素直になれないの!)


 子供の頃の金守銀千代は頭が良くて高飛車な態度をとるので、当然友達はおらず、孤立していた。隣に住んでいた俺だけは親から頼まれて仕方なく声をかけるようにしていたのだ。

 今思い返しても鼻につくガキだった。

 そんな態度ばかり取っていたら味方がいなくなるぞ、と忠告した俺に、


「有象無象と足並みを揃えていたら私の進化が阻害されるわ」

(一緒にいてくれるのはあなただけでいいんだもん)


 と言ってのけたほどだ。


 そんな俺達の関係は小学四年生のときに転機を迎えた。

 銀千代の両親の仲が悪くなり離婚の危機が訪れたのだ。

 心配はしたが、所詮子供の俺にできることはなく、横目で見るだけだった。


 あの頃に戻れたら俺はどうしただろう。

 過去に戻ることはできないので、妄想するのみである。


 ある日、朝の教室で銀千代がぼんやりと教室の窓から外を眺めていた。なんだか妙に気まずくて、「今日誕生日だな」と声をかけたら、


「なんで貴方が私の誕生日知ってるのよ」

(嬉しい! 私のことちゃんと見てくれてるんだね!)


 と睨みつけてきた。


「今日は俺の誕生日でもあるからだ。お誕生日おめでとう」


「別に貴方に祝ってほしくないわ」

(私が貴方の誕生日を祝わなきゃだもん。おめでとう! ちゃんと誕生日だって知ってたからね。ほんとはお祝い用意してるの!)


 と言われたものの、なんやかんやで二人で神社で駄菓子パーティを開いたのはいい思い出だ。その折り、俺は銀千代にもっと「素直になった方がいい」とアドバイスを送り、その結果、両親に自分の気持ちをきちんと伝えたところ離婚の危機を免れたとして、翌日ものすごい感謝をされたのだが、


「ゆーくん、好き好きぃ!」

(好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!)


 素直に生きることになった銀千代は本音しか話せない人間になってしまった。


「ゆーくん、結婚しよっ!」

(もう好き、大好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き!)


 真面目で高飛車で眉目秀麗な小学四年生の女の子は、一夜にして変貌してしまった。

 まあ、でも、当時の自分に文句をいうのも筋違いな気がするし、本人がそれでいいなら、俺から特に言うこともない、はずだ。

 俺は悪くねェ。

 と自己弁護したところで、


「ふぐぅ」


 頭を叩かれた。

 あれ?


「起こしてくれって言ったのに、なに寝てるんだ、キミは」


 チカチカする。

 目を開けると、眉間にシワを寄せた小柄の女性が立っていた。一瞬、現状が飲み込めなくて、呆けてしまう。


「……」

 ここどこだ。つうかこの女の人は誰だ。


「もう三限に間に合わないじゃあないか」


 ああ、ここ、SF研究会の部室だ。

 寝ぼけた俺の視線を舌打ち混じりに振り払うと、半眼のまま少女は吐き捨てるように


「単位落としたらキミのせいだからな」


 言い、立腹状態のままプリプリと部員の女性は部屋を去っていった。


「……」


 俺は悪くねェ。

 頭をボリボリとかく。現実感がなく浮遊感のみがある。


 マインドフルネスを試そうとして、寝入ってしまっていたらしい。

 立ち上がり、大きく伸びをすると関節がパキパキと音を立てた。机に放置していた本を持って、棚に戻す。

「マインドフルネスを通じて心が読めるようになる本」

 ボロボロの背表紙をよく読むとそう書かれていた。そんな馬鹿なことが起こるはずはない。

 浅くため息をついて、窓を少し開ける。

 淀んだ空気が入れ代わって行くのを感じた。


「はぁ」


 親指についた古本の匂いを、後で洗い流さければ、と春の薄い雲を眺める。


「ゆーくん!」

(ゆーくん! ゆーくん! ゆーくん! ゆーくん! ゆーくん!)


「!?」


「こんなところにいたの! 心配したんだよ」

(ゆーくん、いた、かっこいい! 好き好き好き好き好き好き!)


 振り返ると部室のドアを大きく開け放った銀千代が立っていた。

 敷居を跨いでこっちに近づいてくる。


「ああ」


 俺は部員ではないので、窓を閉めて帰ることにした。

 戸締まりしたほうがいいか一瞬悩んだが、部外者を放置するくらいだし貴重品は置いてないだろう、と判断し、そのままで帰ることにした。


「ゆーくん、帰ろう!」

(好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!)


「……」


「どうしたの?」

(好き好き好……、ゆーくんの元気がない、なんで、誰かに傷つけられた? 誰? さっきすれ違った(メス)? 銀千代に何ができる? どうすればいい? ゆーくんのために何ができる?)


 首をふる。


「ゆーくん?」


 雑音(もうそう)は消えた。


「なんでもない。帰るか」


「うん!」


 二度と瞑想なんかやらないと、春の残り香に誓った。



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