第4話 四月は清らかなアルバイト
コンビニでバイトをすることにした。
仕送りや奨学金はあるが、家賃とか光熱費を考えたとき、遊ぶ金がまったくないことに気がついたからである。
授業の都合を考えると多くは入れないが、慣れてくれば時給の高い深夜帯にもシフトを入れてくれると店長が言っていたので、ともかく今は頑張るしかないのだ。
新生活のリズムにようやく身体が慣れてきた頃、「いらっしゃいませ」が、ほとんど「幸せ」にしか聞こえない先輩バイトの佐伯さんと一緒にシフト入っていたら、
「宇田川、私はとんでもないことに気がついたぞ」
とレジでボーと立っていた俺に声をかけてきた。
「最近万引きひどいってテンチョーが言ってたろ。だから事務所で防犯カメラ見てたんだけどさ」
「あ、そうなんだ。てっきりサボってんのかと思ってた」
客がいないのをいいことに三十分くらい事務所にこもりっぱなしだったのだ。後輩なので強くは言えないが、歳下なのでタメ口では言える。佐伯さんは男勝りな喋り方するくせに、近所のお嬢様学校に通っている高校生なのだ。
「いやまぁ、スマホいじりながらカメラ見てたから気付いたんだけど、すごいんだよ。駐車場のとこ、奥の方見てみ」
視線をそちらにやるが、地方都市の暗闇が広がるばかりで、変わったものは特に見当たらなかった。
「ここからじゃ分かりづらいけど、実は誰かがずっと立ってるんだよ。駐車場のカメラだとわかるんだけどさ。あれ幽霊じゃないかな」
「……」
なんだか嫌な予感がする。
「生気のない目をした女がずっとお店を見てるの」
「気の所為じゃあないかなぁ……」
「まあまあ、宇田川も見てみろよ。ガチモンだよ」
店内には誰もおらず、スキルアップにはちょうどいいタイミングと判断し、事務所で佐伯さんに防犯カメラの操作を教わることにした。
「ほら、ここ」
嫌な予感ほど、よく当たるものだ。
佐伯さんがモニターを指差す。巻き戻しで過去映像を早回しで確認してみたが、長い髪の女が恨めしそうにこっちを見ていた。
映像は不鮮明でぼやけて分かりづらいが、シルエットと雰囲気から判断するに、ほぼ間違いなく幼なじみの金守銀千代だった。予定調和過ぎて悲しくなってくる。微動だにせず、俺が出勤してからの三時間、獲物を狙う捕食者のように、ジッとこちらを見ていた。なんて女だ。どうにかこうにか、バイト先には来ないよう、約束できたと思ったら、敷地外から見張るという強硬手段に出やがった。
「……そういえば、最近聞いたんだけど」
「ん、なにが?もしかして幽霊の噂?」
「コンビニを遠くから眺めるの、流行ってるらしいよ。ノスタルジックというかエモーショナルというか、そういう感じがたまらないらしくて」
「……まじ?」
「ティックトックかなんかで……」
「陽キャはわけわからないブーム作るの好きだね。タピオカの次はコンビニ監視か」
他にもブーム色々あっただろ、と思ったがなんか納得してくれたので突っ込むのはやめておいた。
とりあえず銀千代には後でこっそり注意しとこう。
「……なんか近寄ってきてない?」
「え、あ!」
リアルタイム映像に切り替えたら、銀千代と思しき人影がノソノソと移動しているところだった。
あの野郎。約束破って敷地内に入ってきやがった。駐車場から車止めに足をかけて、こちらをピョンピョンと伺っている。さては事務所に入った俺の様子を伺っているのだろう。
このまま放置していてもろくな結果にならないと判断し、
「戻ります」
とりあえず事務所から出ることにした。
「銀千……」
事務所のドアを開けて、レジに立つと同時に入店のチャイムが響いた。顔をそちらに向けると、キャップを目深に被ったおじさんが入ってくるところだった。お客さんだ。
「あ、らっせー!」
気持ちよく入店の声掛けをし、いつお会計に来てもいいようにレジに立つ。
男は店内をぐるりと一周するように、奥のおつまみコーナーに移動した。何か探しているのかもしれない。アルコールだろうか。この時間帯、ストロングゼロを買うお客さんが多いのだ。
目線だけで男を追うが、死角の位置に行ったので、諦めて、ひとまず目の前の問題を片付けることにした。駐車場にいるはずの銀千代を探そう背伸びをしてみるが、ガラス戸の向こうは暗闇が広がるばかりで、人影はない。
「ん?」
店内は明るいのでガラスが鏡のようになって反射している。
先ほど入店した男がモゾモゾと不審な動きしていることに気がついた。
「……」
レジからは棚で見えない位置だ。ガラスが反射してなければ気が付かなかっただろう。男は周囲をキョロキョロと伺いながら、ポケットに商品のチョコを入れた。
おいおいおいおいおい。
冷や汗が出る。
万引き?
ドクンと心臓がはねた。やばいやばいやばい。まじかよ、めんどくさいことしやがって、と怒鳴りつけたくなったが、こういうときはどうすればいいのだろう、と脳内のトラブルシューティングを起動する。
犯行を未然に防ぐために、「いらっしゃいませ」の声掛けが重要と店長は言っていた。しっかりと入店の声掛けはできていたはずだ。俺に落ち度はない。そうなると100%あの男が悪く、ただの犯罪者なのは間違いない。いかん焦りすぎて何考えてるのか自分でもわからなくなってきた。
とはいえまだ品物をポケットに入れただけだ。このあとレジに来る可能性もあるし、と待ってみたが、全然レジに来ることはなく、電池やカミソリなど手当りに次第にポケットに詰めるだけだった。ポケットにダークファンタジーだ。
頼むそのままお会計に来いと祈っていたが、男は一仕事終えたときみたいに小さく息を吐き、入ってきた入口に向けて歩き始めた。あーもうこれはだめだ。
流石に見過ごすわけにはいかない。バイトの範疇を超えているとは思ったが、万引きはお店に大ダメージを与えると店長が愚痴っていたので仕方ないのだ。
男がガラス戸を押し開けた瞬間、俺は静かに背中に周り、
「あの」
と声をかけた。
万引きなんてゴミカスのすることだぜ。
「会計」
コミュ障みたいになってしまったが、俺もパニックでなんて声をかければよいか、わからなくなっているのだ。
男はドブ川の腐ったような目を泳がせながら、振り返り、
「レジの場所がわからなくて……」
とポツリとつぶやいた。そんなわけあるか。
「とりあえず、事務所来てください」
事務所なら佐伯さんがいるし、二人なら店長に指示仰ぐために電話とかできるはずだ。……先に警察か?
俺が今後のプランを脳内で組み立てたいたら、男は「っ!」と小さく喉を鳴らし、弾けるように走り出した。
「あっ、まて! 逃げるな!」
責任から逃げるなァッ!
何とか男の右手を掴んだが、体重差では圧倒的に負けているので、半ば引きずられるような形になってしまった。汗ばんだ男の手首はヌルヌルとして掴みづらい。
「とまれよっ!」
人気はなく、大声で男の逃走を止めようとするが、助けてくれる人なんて……、
「あ」
暴れる男とは対照的に至って平然とした銀千代が街灯に照らされながらゆっくりとこちらに歩いてきていた。まるでランウェイを行くスーパーモデルのようだ。
優雅な佇まいに思わず力が抜けてしまい、そのスキをついて男が俺を振り払って、よろけながら、駆け出した。
しまっ、
「ぎんち…っ!」
避けろ、と叫ぶより早く、
「当身」
無防備に伸びた男の首筋を、銀千代の手刀が的確に捉えた。
「がっ!」
男が小さな悲鳴を上げて、アスファルトの駐車場の上に倒れた。
「……」
ピクリとも動かない。
以前なんかで読んだことあるが、首筋を手刀で打ち、意識を奪うのは、下手すれば死んでしまうほどの衝撃らしい。
背中に氷柱をぶっ刺されたみたいな悪寒がしたので、俺は慌てて男に駆け寄り一応押さえつけながら、呼吸を確かめた。よかった、息はしている。
「ここんとこをやく60度の角度でなぐるのがこつよ」
俺の心配を察したのか銀千代がドヤ顔で微笑んだ。
「ゆーくんお仕事お疲れ様。はいこれ差し入れ」
銀千代の手には缶コーヒーが握られていた。
「いや、まだ仕事中だし……」
たぶん警察の対応とか入るから帰るのは時間かかりそうだ。
「そうなんだ。お店から飛び出してきたから、銀千代に会いたくて早上がりしてくれたのかと思っちゃった」
ぺろりと舌を出す銀千代。だとしたら万引犯に暴行加えたのは何なんだよ。と倒れている男を見ていたら、
「ゆーくんが迷惑そうにしてたから……」と察して教えてくれた。俺の敵と認識したものの排除が早すぎる。
まぁ、今回に限っては感謝なのだが、
その後なんとか倒れた男は万引き犯だということを伝えて、一旦お店に戻ることにした。
銀千代に手の方をを持ってもらい、俺は足首を掴む。
「ゆーくん、今日のバイトは22時までだっけ? あと一時間だね。早く帰ってきてね」
ほぼ間違いなく言えるの、朗らかな笑顔で楽しく会話するシーンではない。
「いや、多分だけど残業することなるぞ。後処理しなぎゃだし……」
「ええー、やだやだやだやだやだ。早く帰ろうよ。さみしいよ。一緒にお手々繋いで帰ろうよー」
「イレギュラー対応だから仕方ないだろ。どうなるか俺だってわかんないんだ」
「そうだ。この人、どっかにやっちゃお? そしたらゆーくん定時で帰れるでしょ?」
「逃がすってことか? そんな事できるわけ無いだろ」
「初めての死体遺棄だよ! 絆が深まるよ」
今回のサイコパス診断の答えは、定時で帰るために万引き犯人を殺す、でした。
銀千代は終始ニコニコしていたが、笑えなかった。とりあえず犯人は気絶しているだけで、後遺症とか残らないことを祈ろう。
「いっせーの、せっ」
と男を持ち上げたところで、
ガチャリとコンビニのガラス戸が開いて、ひょっこり佐伯さんが顔を覗かせた。
「警察呼んどいたよ」
グッ、と親指を立てられる。行動としては正しいのかもしれないが、一連を把握しといて助っ人に入るのが遅すぎだろ、と舌打ちが漏れそうになったら、銀千代がポツリと「あの女も敵?」とつぶやいたので、心を殺して「味方」と教えてあげた。