第27話 十月のスコポフィリア
今の状況が健全なんてとても思えないので、一度真剣に銀千代と話し合うことにした。逃げてばかりでは物事は好転しないのだ。
「ゆーくんお話ってなぁに?」
家に呼び出した銀千代は水色のフリフリとしたドレスを着ていた。
テーブルを挟んで正座で向き合う。
「……その格好はなんだ?」
ディズニーにでも行くつもりか?
「ゆーくんからの大切な呼び出しだもん。正装くらいするよ」
照れたように後頭部をかく銀千代。髪の毛はお団子にまとめられ、珍しくおでこを出している。
「……まあ、いい。今日お前を呼び出したのは他でもない」
「うん。わかってるよ。心の準備はしてきました。御赤飯炊いたし、婚姻届はもらってきたし泣く準」
「違う」
ゴトリと机の上に今朝発見されたばかりのソレを置く。
「風呂の換気扇から隠しカメラが発見された」
銀千代を睨みつける。
「……」
無表情だ。
「……怖いねぇ……」
しらばっくれんじゃねぇ。
「お前だろ」
「なんで?」
「なんでじゃねぇよ。じゃあ誰が仕掛けたんだよ」
「証拠はあるのかな? ゆーくん、信じる心を失っちゃだめだよ」
「しらを切るつもりか。いいだろう。じゃあ風呂場の前に設置されてた火災警報器型の隠しカメラも知らないんだな」
「そんなところにも仕掛けられていたんだね。いったい誰が……。謎が謎呼ぶ展開……面白くなってきたね」
「百歩譲ってこのカメラもお前じゃないとしたら、いったい誰が俺の部屋に隠しカメラを設置したんだ?」
「銀千代は神様じゃないからわからないよ。……あ、でも、……カメラは一匹見たら三十匹いるって言うし、もしかしたら、繁殖してるのかも」
「んなわけあるか。百パーセント頭のいかれたストーカーだろうよ」
「ゆーくん、この件は銀千代に預けてくれない? 犯人は必ず銀千代が見つけ出して、ちゃんと言っておくから」
「ストーキングしてるやつは誰だろうな。玄関扉の前の監視カメラで見てくれないか?」
「……んっと、確かにあれを設置したのは銀千代だけど、それはあくまで防犯用で、ゆーくんを宗教勧誘とか泥棒とかから守りたかったからで」
「ちょうどいいじゃん。じゃあ、そのカメラで俺の部屋に侵入したやつ見てくれよ」
「カメラのデータは2週間で消えちゃうからたぶん分からないよ。それに窓から侵入してたらお手上げだし……誰がストーカーだなんて、この際いいんじゃないかな。なにか盗られたわけでもないし。あっ、隣の女じゃない? あいつ前々から怪しいと思ってたんだよね。ゆーくんに色目使ってたし。そうだよ、そうに違いない。そうと決まったら善は急げだ。銀千代にお任せ」
勢い任せに立ち上がろうとする銀千代を制する。人のせいにするな。
「絶対お前ではないんだな」
「……」
「嘘ついたのわかったら別れるからな」
「……」
銀千代は深くうなだれてやがてポツリとつぶやいた。
「銀千代がやりました」
「なんでしょうもない嘘つくんだ」
「ゆーくんが怒るかと思って」
「わかってんじゃねぇか。実際怒ってるからな。何度も言ってるが、俺にもプライバシーというものがあるんだ。盗撮はやめろって口酸っぱく言ってるよな」
「盗聴器は?」
「盗聴器もだめに決まってんだろ!」
「でも、癖になってるんだもん、カメラ設置するの」
「クソみたいな癖を治せ! そしていい加減理解しろ! お前のそういう重すぎる愛は俺には負担なんだって!」
「でも、ゆーくん、付き合う前に約束したじゃん! 二人の間に隠し事はなしだって!」
「隠しカメラ設置するのは隠し事だろ!」
「……ん?」
首をひねる銀千代。なぜ分からない。
「俺はやましいことなんもしてないからちょっとは俺を信用しろって!」
「もちろん信用してるよ! ゆーくんは世界一カッコいいし優しいって。だけど、そんなゆーくんを周りのクソブスどもが放っておかないってこともわかってるから心配になっちゃうの!」
周りの女性がクソブスとかはさておき、俺は銀千代以外の異性から放っておかれているのが事実だ。
「何度も言うけど一度お前と付き合うと覚悟を決めた以上、俺は浮気はしないと断言する」
流血沙汰はごめんだからだ。
「だからお前も俺を信用して盗撮は辞めろ!」
「やめたいよ! やめたいけど、気づいたら設置してるの!」
「もう病気じゃねぇか」
「何度も何度もこんなことしちゃだめだ。ゆーくんを信じてるはずなのに、いつも気づいたら設置してるの。心配になっちゃうの。映像のゆーくんを観ている時が銀千代のチルタイムになんだよ」
「常に見られている俺の気持ちも考えろ」
「えっ」
ちょっと銀千代は考えてから、
「最高」
とつぶやいた。
やっぱり並大抵の思考回路はしていない。
「逆に考えると、ゆーくんが常に銀千代のことを見てくれてるってことでしょ? それ最高だね。ゆーくんが銀千代を監視してくれたら銀千代がどれだけゆーくんのこと愛してるか伝わると思うよ。毎日毎晩毎時間、銀千代はゆーくんのことを思ってるんだよ。仕事してる時も勉強してる時も寝てるいる時も起きている時も病める時も健やかなる時も、ゆーくんのことを思わない時間はないんだよ。この思い伝わってくれるとうれしいな」
うぇへへ、と笑う銀千代。花咲くような笑顔だが、その程度の事で誤魔化されるほど俺は甘くない。
「十二分の伝わってるからこそ、言わせてもらうけど、お前が監視してるとき、俺が怪しい動き見せた時あったか?」
「ピコピコでわけの分からない連中とボイチャしてるときとかは嫉妬って狂いそうになるけど」
もう狂ってるだろ。
「ないだろう? いいか、はっきり言わせてもらうが、俺は一途なんだ。浮気はしない。だから監視するのをやめろ」
「でも、銀千代と我慢してる方だと思うよ。例えば、ゆーくんが一人で自分を慰めている時、銀千代以外の動画使っ」
「そういうところが俺のプライバシーなんだ! いいか、誰にだって見られたくない姿くらいあるだろう」
「銀千代は特にないなぁ。あ、もちろんゆーくんにだけね!」
「俺にはあんの!」
銀千代はシュンと肩を落としてうなだれた。
「……つまり銀千代の愛がゆーくんに負担になっている、ってこと?」
ようやく伝わったか。何度も何度も言ってきた甲斐があったな。
「ごめんね、ゆーくん。銀千代に千里眼の能力さえ備わっていればそんな心配事させずにすんだのに」
「そういうことではない」
「わかりました! 銀千代はもう隠しカメラを設置しないことをここに誓います!」
「おおっ、ついにか」
健全への第一歩踏み出した。小さな一歩かもしれないが、大きな進歩なのは間違いない。
「そのかわりにお願いしたいんだけど、今銀千代が開発しているアプリを入れて欲しいんだ」
「アプリ?」
話が変な方向に向かっている予感がする。交換条件を出せる立場じゃねぇだろ。
銀千代はポケットならスマホを取り出すと赤いアイコンをタップした。
ギンリアルと表記されている。
「うん、通知があった時にその場の映像を写真で投稿しなきゃいけないアプリなんだ。位置情報も連携してて、投稿写真は相手に確認できるようになってるの。お互い身の潔白を証明できるんだよ」
「なんかそんなアプリはやってたな」
ビーリアルだっけ?
「ユーザー登録することでお互いの状況をリアルタイムで把握できるようになるってわけ。通知は2分に1回飛ぶようになってて、投稿できないとスマホの内部データが全部破壊されるようになってるんだ」
「誰がやるか! 2分に1回じゃ何もできなくなるじゃねぇか! それに罰が重すぎるわ!」
「バッテリーの消耗が早いから充電しながらじゃないと起動できないんだ。いま目下改善中だから直したらやろうよ。そしたら銀千代は安心出来ると思う」
「ほかにもっと直すべき点があるだろ!」
「あ、大丈夫だよ。睡眠時間帯の通知は一時間に一回に設定されてるから。おやすみモードも搭載してて安心!」
もっと寝させろ。
「そんなクソアプリだれがやるか!」
「なんでそんなに否定するの? まさかと思うけど、ゆーくんやましいことがあるの? ないならアプリ入れられるよね? なんで入れたくないの? もしかして他の女といい感じになってるとかじゃないよね? 銀千代はゆーくんのこと世界で一番愛してるよ?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題だよ。銀千代が愛するゆーくんは銀千代を一番愛してくれてないとダメなんだよ。銀千代はね、ずっと不安なの。ゆーくんが銀千代のことを一番愛してるってわかってはいるんだけど、一不可思議でも他の女になびく可能性があると思うと不安で夜も眠れなくなるの。ゆーくんと銀千代以外の全人類を消滅させない限りこの不安はぬぐえないの」
「それってさ、つまり俺のこと信用してないってことじゃん」
「信用してるよ! 信用してるけど、これはもう銀千代の特性だからしょうがないんだよ。不安症なの。ゆーくんが他の人と話してるの見ると頭に血がのぼっちゃうの。銀千代以外の人間と笑顔で会話なんてしてほしくないの。だからさ、ゆーくんは銀千代以外のモノに関心を抱くのやめてほしいんだよ」
「そんなの不可能だろ、俺にロボットになれって言ってんのか?」
「そんなのは銀千代もイヤ。だから、無理なのはわかってるんだよ。だからね、銀千代はカメラを仕掛けちゃうんだと思う。カメラを見て初めてゆーくんが銀千代以外に興味がないって安心できるから。……最近はピコピコに嫉妬するのを抑えられるようなったんだよ。カメラのお陰で少しずつ改善してるんだ。だからゆーくん、盗撮については大目に見て。いつか絶対ゆーくんが納得して次に進めるような女になるからさ」
「……本当か?」
「うん、ゆーくんのことは完璧に理解してるから、ゆーくんが嫌がることも本当は理解できてるんだよ。少しずつだけど、銀千代はその差分を埋めて来てるの。カメラがあればゆーくんも安心してくれる銀千代にいつかなれるし、銀千代も安心できるの」
「それならまあ」
「ねっ! だからゆーくんカメラ設置させて」
「嫌だ」
一周回って納得しかけたけど、嫌に決まっていた。




