第26話 十月の飢えた星祖 前
その日、バイトから帰ると、玄関先に茶封筒が置かれていた。アマゾンのマークが入っている。いわゆる置き配というやつである。
何も頼んでないはずなのに、とラベルを見たら、知らない人の名前が書かれていた。
三ツ星きらら
ラノベみたいな名前だな。
と思って、宛先を確認すると住所とアパート名までは同じで部屋番号がなんだかおかしなことになっていた。
ウチは206号室なのだが、宛先は2065となっている。当然、普通のアパートなのでそこまで部屋数はない。
配送業者が206号室宛の荷物と考え置いていったのだろう。テキトーなもんである。めんどうなことになったな、と思いながら荷物を持って部屋に入る。
電気をつけて、手元を見るが憂鬱が積み重なるばかりで事態は好転しない。
とりあえず宛名ラベルに書かれている運送会社へ電話をかけてみたが、機械音声が受付時間外を告げるだけだった。21時だしそりゃそうかと、とため息をつく。このまま家の中に荷物置きっぱなしにするのも盗んでるみたいで気が引けるし、どうしたもんかと、首をひねって解決策を考えてみても思い浮かぶはずもない。
もしかしたら隣の205号室宛の荷物かもしれないな、と思いあたり、すぐにまた部屋を出て、隣の家のチャイムを押すが、しばらく待っても返事はなかった。
電気メーターはぐるぐる回っているのでおそらく居留守だろう。
まあこんな遅い時間に訪問されても怖いよな、と舌打ちがもれそうになる。
またすぐ自分の部屋に戻って床に荷物を置く。
三ツ星きららはどこにいるのかわからんがなんとも迷惑なやつである。どうせろくに確認もしないで宛先入力したのだろう。
明日、運送会社に誤配の連絡をしようと決め、さっさとシャワーを浴びることにした、のだが、三ツ星きららの携帯番号がラベルに書いてあることに気がついた。
不用心なもんである。そんなもんを置き配にすんなよ、と心の中で突っ込む。
おそらく運送会社が宛先がわからなかった時のための携帯番号なのだろう。
「……」
しばし考える。
お宅の荷物がうちに間違って届けられてましたよ、といきなり電話してもいいものだろうか。
正直いますぐこのめんどくさい案件を片付けて気持ちよくシャワーにいきたい。
なぜなら明日は一限から授業があって運送会社に電話するのですら億劫だからだ。人の大切な時間を奪わないでほしい。朝の貴重な時間であればなおさら。明日は大学のあとはバイトで時間を作るのもなかなか大変なのだ。
つうかなんで俺がこんな面倒事に巻き込まれないといけないのだ。
イライラしてきた。
どうせ知らない番号からの着信なんて出ないだろうし、試しに一回だけかけてみるか。
とスマホを取り出して宛名の携帯番号を打ち込んでコールする。
この通話料金も俺持ちだと思うと更に腹立つな、と思いながら数回コールしたあと、
「もしもし……?」
警戒するような女性の声が鼓膜を震わせた。
かけておいてなんだが、まさか出るとは思わなかったので、こっちも若干パニックになってしまう。
「あ、えと」
「……どちらさまでしょうか?」
「あの、宇田川というものなんですが、えっと、お宅宛の荷物が、間違ってうちに届けられてまして」
言うことちゃんと考えてからかければよかった、としどろもどろになりながら、なんとか用件を伝える。
「え、あ、そうなんですか。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「宛先が2065になってたんで、それで僕の方に来てしまったみたいなんですが、すみません、これ持っててくれませんか?」
「あ、はい、もちろんです。えっと、はい、いまから行きます」
ツーツーと会話が終了して、浅くため息をつく。電話に出たのは若そうな女性だった。
冷静に考えると、この人俺に携帯番号も本名も住所も知られてるってことだよな、相当に恐ろしいことだと思うんだが、と考えていたらチャイムが響いた。
すぐに玄関に向かい扉を開ける。
グッバイ面倒事。
「この度は本当にご迷惑をおかけして……」
頭を下げていた秋の夜風とともに女性が顔をあげる。
「あ」
同時に声が出ていた。
そこに立っていたのは、
「……」
お互い遠くを見るように目を細めて見つめ合う。
どこかで見たことあるような……端正な顔立ちをした小柄の女性だった。
「えーと」
お互いフリーズして見つめ合う。
なんだっけこの人、どっかで会ってんだよな。
「あ!」
先に相手が声を上げた。
「ゆーくん!」
なぜか俺の忌み名知っている彼女は合点がいったように両手を合わせた。
「すっきりした。どっかで見た顔だと思ったんだよね。モヤモヤが晴れたよ。どーもありがとう」
女性は突然フランクな口調になって手を差し出してきた。
「じゃあ、荷物返して」
なんだァ、テメェ……。
豹変に若干イラッとしつつ、
「あの、どちらさまでしたっけ?」
「? 三ツ星きららだよ」
「いや、名前じゃなくて……以前何処かでお会いしましたっけ?」
「ひどいな。忘れたの。失礼だねキミは」
はん、と鼻で笑われる。お前も忘れてただろうが、と突っ込むまえに彼女は続けた。
「同じSF研究会の仲間じゃないか。後輩くん」
「あー……」
言われて思い出した。すっかり会わなかったから記憶から抹消されていたが、こいつ、寸借詐欺しようとした人だ。
「いやぁ、変な男に個人情報握られてたらどうしようかと思ったけどキミでよかったよ。じゃ、はい、荷物」
右手をまた差し伸ばされる。なんか偉そうで腹立つな。
「久しぶりにアマゾン使ったら前のデータが実家になってたんで、手打ちで打ち直ししたんだ。最後の部屋番号の入力が間違ってたみたいだね。迷惑かけたね」
本当にな、と思いながら、封筒を手渡す。
「でもキミが隣に住んでるなんて思わなかったよ」
用が済んだんでさっさと帰ってくれないかなと思っていると、先輩はチラリと俺の部屋を覗き込むように顔を動かした。デリカシー捨ててきたのかな?
「なかなか片付いているね」
「はぁ、どうも」
さっさと帰れ。
「あれ、シーズヒーターがガスコンロになってる」
「ああ、なんか……そうらしいです」
「部屋によって違うんだね」
銀千代に勝手にリフォームされたのだが、言うとややこしいことになりそうなのでせせら笑いでごまかすことにしよう。
「料理は結構するの?」
なんで雑談しなきゃなんねぇんだ。さっさと帰れ。風呂入って寝たいんだわ。
「そこそこですかね」
「得意料理は?」
「……豚キムチ……」
簡単に作れてそこそこ美味いことに最近気がついた。というか大抵の料理、キムチ入れておけばそこそこうまい。
「ふーん……」
先輩が鼻を鳴らした。
「冷蔵庫開けていい?」
「だめに決まってんだろ」
どんな育ち方したら人んちの冷蔵庫開けようと思うんだよ。
「おなか減っちゃってさぁ。もうペコペコ。キミは今日はもう夕飯たべたの?」
「いや、まだこれからですけど……」
「豚キムチ、食べてみたいな」
「そうですか……じゃあ、またいつか」
こいつ、考えが読めてきたぞ。
三ツ星先輩は金が無いって人から食べ物をたかる悪癖があるのだ。
「今日は何食べるの? 自炊? それとも出前? ウーバーとか使うんなら僕が代わりに配達するから二人分買ってくれないかな? 月見バーガーを久しぶりに食べたいと思ってたんだ。今だけ月見食べ美」
厄介な隣人だ。なんとかドアを閉めなくては。
「出前なんてお金がもったいないからしません」
「マックシェイクだけでも」
「頼まねぇって言ってんだろ。テキトーに作る予定なの。インスタントラーメンとか」
「そうなんだ。実は僕、今日はまだ何も食べてないんだ。ラーメン……それもいいね。お腹減ったなぁ」
チラチラと媚びたように見てくる。節操のない。
「そうですか」
「そうなんだ」
「そうですか」
「そうなんだ」
「そうですか」
「そうなんだ」
くそ、こっちからの提案を待ってやがる。
「美味しいものたべてくださいねぇー」
切り上げて、ドアノブに手を伸ばす。
ぐぅぅううう
と先輩のお腹がなった。
「……」
いや、たぶん、こいつ口で言ったな。
「ひもじいな」
「そうですか」
「そうなんだ」
「そうですか」
「そうなんだ」
もういいよ!
といいそうになって、ぐっとこらえる。ここでたかられたら負けだ。俺だって食費抑えて生活してるんだ。
無言で睨みつけているとバツが悪くなったのが先輩は聞いてもいないのにベラベラを語りだした。
「実は恥ずかしながら金欠なんだ。いまね、冷蔵庫の中は空っぽ。見に来る?」
「いえ、結構です」
仮にも女が男を家に入れようとするな。
「あ、ストロングゼロは10本くらいあったかな」
「人間終わってんな」
思わず口に出してしまった。
「むっ。失礼だね。仕方ないじゃないか。途中まで勝ってたのに、最後に逆転されちゃったんだから。あの勝負に勝ってたら今頃僕の家の冷蔵庫は食材にあふれていたさ」
「またギャンブルですか」
「ギャンブルじゃないよ。ただドンジャラをスリリングを楽しんだ、それだけだよ」
「ドンジャラ?」
なにそれ。
「あっ、違ってた」
「?」
「いまはストロングゼロじゃなくてイチキューロックだ」
「何言ってるのか全然わからないんで申し訳ないですけどもう帰ってくれませんか?」
ようやく言えた。




