第24話 十一月に笑顔を届けて
銀千代にファミレスに呼び出された。
どうせろくでもない用事なんだろうなぁ、と思いながらも、夕飯を奢ってくれると言うので、お言葉に甘えることにした。
今月はうまくシフトが噛み合わず、全体的に金欠気味なのだ。
店員さんの案内を「待ち合わせです」と断り、窓際のテーブル席にいた銀千代を見つける。
向こうも俺を見つけたらしく、ご主人様を出迎える子犬のように体を揺らしながらいつも通りの笑顔をうかべた。弾む歓迎の声に別れ話ではないのか、と密かに思いながら、
「よっす」
と軽く手を挙げ、「用事って?」と尋ねながら、対面のソファー席に腰を落ち着ける。
「ゆーくん、銀千代とお笑い芸人やらない?」
突拍子のない発言に絶句させられてしまった。
やっぱりろくでもない。
「やだ」
「もう二人が幸せな未来を描くためにはこれしかないんだよ」
至極真剣な眼差し。その文脈なら普通結婚とかの話になるべきところだと思うのだが。
「えーと、意味がわからん」
「早いうちから夫婦漫才師になるのも悪くないかなって」
帰っていいかな?
「最近思ったんだけど、もしこのままゆーくんが就職してサラリーマンになっちゃったら銀千代との時間なくなるんじゃないかなってさ」
「それでいいだろ。それが大人になるってことだ」
「同じ職場で働くことも考えたけど、社内恋愛って色々も面倒だし、仕事があると一日中いちゃいちゃもできないしね」
「そこらへんの良識はあるんだな」
「だからさ、四六時中一緒にいられて、誰からも怒られない職業ってなんだろうって考えたとき、自営業しかないって思ったんだ」
なんだか妙に納得してしまうあたり、俺にはまだ社会経験が足りないのだろう。
「ゆーくん、起業とかあんまり考えてないタイプでしょ?」
「あー、それはそうだな」
この間大学で起業セミナーあったけど、当然のごとくスルーした。
「だから事務所に所属して、エンターテイメント活動を二人三脚でやっていくのが、一番二人に合ってるんじゃないかなって思って。芸能関係なら銀千代、それなりにノウハウあるし」
「お前根本的に勘違いしてるぞ。アイドルとお笑いはベクトルが違うからな。お前がアイドルで成功できたのは、なんか良くわからんが、時代とたまたまマッチして、それなりに向いていたからだろうけど、ギャグセンスもない奴がお笑い芸人になんてなれるわけ無いだろうが」
「やってみなきゃわからないよ。ネタ書いてきたんだ。まずはこれを見て判断してよ」
バンと銀千代は机の上にルーズリーフの束を置いた。無駄に行動力あるね。
「面白かったら、銀千代とお笑いコンビくんでね」
不敵な笑みを浮かべる少女。
なるほど、それなりに自信はあるみたいだな。
「しゃーねーな」
一読する。
つまらなかった。
びっくりするぐらいつまらなかった。
つまらなすぎて、吐き気を催すほどつまらなかった。逆にシュールギャグなんじゃないかと、疑いたくなるほどつまらなかった。シュールギャグだとしてもつまらないので致命的だと思った。
銀千代が用意したのは漫才三本とコントが三本。その全てがつまらなかった。逆にここまで笑いどころがないのは見事だった。内容は無いし、笑いどころはないし、オチは全部ボケとツッコミが幸せなキスして終了だった。意味がわからなかった。読み終わって頭を抱える俺に銀千代はキラキラと瞳を輝かせて「どうだった?」と聞いてくるので、わざとつまらない台本を書いたわけではないとわかって、なんだか辛くなった。お前は間違いなくユーモア欠乏症だ、っとはっきり言えたらどれほど楽だろうか。なんて答えたらいいのか、考えて、素直につまらないと言うと傷つけてしまうんじゃないかと思ったが、
「ああ、そうだな、今後に期待、って感じだな」
と、とりあえずお茶を濁すことにした。
ちゃんと明確に自分の意志を伝えられる性格だったら、俺は銀千代と付き合っていない。
「銀千代的にはね、二本目の漫才が自信有りで……」
「いや、えっと、ちょっと待ってくれないか。そうだな。うん、まあ」
かと言って冷静に現状を伝えないとお笑い芸人を目指すことになるので、ちゃんと言わないと。
「この道はあきらめたほうがいいと思う」
「なんで?」
「……」
なんかはっきり言わないと伝わらなさそうだ。
「面白くないから」
「別に面白くなくていいんだよ」
「は?」
「ゆーくん、銀千代はお笑い芸人になろうと言ったけど、別に面白いお笑い芸人になろうとは言ってないよ」
「んー?」
なぞなぞかなぁ?
「つまりね。下手に売れちゃうとピンでの仕事が増えちゃって逆に二人の間に溝ができてしまうから、売れないお笑い芸人で、永遠に二人きりでネタ合わせをしてたいの」
「……地獄かなぁ?」
サイコパス診断のほうがよっぽど倫理観ありそうな解答だな。
「いや、別に俺はなりたくないし、大体、そんなことしてたら餓死しちゃうだろ」
「貯金はあるから安心して。人生三回位は遊んで暮らせるくらい貯めてあるから。安心して売れないお笑い芸人できるよ」
「やらねーよ。やるとしてもせめて売れたいわ!」
「何もしないで生きていくのは世間体的にゆーくんは辛いでしょ? だからせめてお笑い芸人という夢を見ているポーズがあれば、ゆーくんも銀千代に依存できると思うんだ」
「お前はさっきから何言ってるんだ?」
「本当はカップル系ユーチューバーがいいんだけど、ゆーくんはシャイだから照れてやりたがらないし、ミュージシャンとかでもいいんだけど、ゆーくんは楽器が苦手っていうから、とりあえずお笑い芸人目指してみてほしいなって思って」
「ごめん、全然意味がわからない」
「ネタは全部銀千代が書くからともかく一緒にエムワンに出よう。一緒に笑いのニューウェーブ起こそうよ」
「いやに決まってんだろ」
逆に俺がやると思って提案してるんだとしたら相当やばいやつだ。いや、やばいやつなのは相変わらずなんだけど。
「ねぇ、ゆーくん、このあと暇でしょ?」
「暇じゃねぇよ」
これ以上不毛な会話していても腹が膨れることはないだろう。奢ってくれると言っていたが、もうそんなことはどうでもいい。腹がへるというより、立ち始めていた俺は、自身の苛立ちを誤魔化すようにタッチパネルを操作して、デミグラスハンバーグを注文した。
さっさと飯食って帰ろう。
「このあと二人でさ、人けのない公園行ってネタ合わせしようよ。夜までやってさ、そんでさ、えへへ、雰囲気良くなったらイチャイチャしよう」
「いい雰囲気になるわけねぇだろ。バカかお前は」
「! ゆーくん、いいツッコミだよ! いつもは優しいゆーくんのエスっぽいところ、キュンキュンしちゃう」
「医者にいけ。頭のだぞ」
「ゆーくん、そのツッコミはコンプラ的に最近はNGだよ。でも、銀千代的にとっても素敵だと思う!」
「ツッコミじゃねぇわ! いい加減にしろ!」
「! どうもありがとうございました!」
なんもオチてねぇわ。




