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第23話 十一月の夜から朝へ


 深夜バイト中、商品補充をしていたら来客があった。

「しゃあせー」

 なかなかな堂に入った「いらっしゃいませ」が言えるようになったと自画自賛していると、「とわさーん!」お客様から声をかけられた。

 顔を上げると、茶髪のギャルが立っていた。

「やばー、マジで働いてるー」

 けらけらと笑いながら手を叩かれる。

 急に煽られて一瞬怒りが湧いてきたが、よくよく顔を見ると知り合いだった。


「あ、花ヶ崎さん。何しに来たの?」


 高校の時の同級生の花ヶ崎花音だ。随分と久しぶりである。

 俺も立ち上がり腰を伸ばしてコリをほぐす。知り合いにバイトしてるところを見られるのは地味に恥ずかしい。


「なにしにって、アタシはお客様だぞー。敬語使いたまえよ」


 歯を見せてニタニタ笑われる。くそ、かわいいな。

 全ての男性を虜にしそうな無垢な笑顔で花ヶ崎さんは続けた。


「それにしてもトワさん酷いよね。一緒に卒業しようって言ったのに、一人で先にいっちゃうんだもん」


 頰を膨らませて不服そうに文句を言われるが、 

「……どういうこと?」

 マジでなんの話か分からなかった。


「じゃぁあん!」


 花ヶ崎さんはポケットから免許証を取り出して掲げて見せた。


「あたしもついに取れたよ、免許!」


「おー、おめでとー」


「なんか棒読みじゃないぃー? 全然おめでとうって感じしないなー。さすがあたしより先に免許取ってた男は違うなぁ」


「そんな事ないよ。十分すごいって」


「えへへー」


 照れくさそうにはにかみ、後頭部をポリポリかいてから、入り口の自動ドアをクイッと示した。視線をやると、ガラス扉の先に赤い自動車が停まっていた。


「ま、まさか」


「パパがくれたんだ。ここまでアレできたんだぜぇ」


「す、すげぇ……」

 免許取り立ての娘に車上げるパパってなんだよ、羨ましいな。

「……」

 本物のパパか?


「かっくいーだろー?」

 いや、さすがに花ヶ崎さんがいかがわしいことするとは思えない。

「いいなぁ、まじで、うらや……」

 よくよく見ると白線を大きく跨いで駐車されていた。突っ込まないけど。


「昼間はさー、他の車多くて怖いから、夜に練習してんの」


「やっぱり練習しないと腕なまるもんね。いいなぁ、自由に運転できる家庭で……」


「えへへへ。そんでね、このあたりでトワさんバイトしてるって聞いて寄ったってわけ。そんじゃ、エナジードリンク買わせてもらおうかな」


 ニヤリと花ヶ崎さんは笑い、レッドブルを取ってカウンターに置いた。

 かっけぇ……。


「深夜ドライブめっちゃ楽しいよー。他に車いないから速度出さなくても怒られないし、車内でカラオケできるし」


 我々初心者ドライバーは速度を出すのが怖いので、昼間の運転だと後続車に煽られてしまうのだ。みんな、初心を忘れないでほしい。


「あたしもこれでようやく趣味ドライブってところかな」


 花ヶ崎は笑って、会計の終わったレッドブルを持って、「んじゃ、またね」と自動ドアから出ていこうとした。こちら振り向かず、片手をあげて、洋画のようでかっこよかったが、すれ違いざま入店した銀千代にラリアットを食らって、「ふぎゃあ」と悲鳴をあげて床に仰向けに倒れた。

 なんかデジャビュな光景だ。


「アバズレェ! 何しに来たぁあ!?」


 銀千代が倒れた花ヶ崎さんに怒鳴りつける。自身に問いかけてほしい質問である。

 あまりにも自然な登場で一瞬呆けてしまったが、まずこいつがここにいる事自体がおかしな出来事である。


「あ、あれ、銀ちゃん!? え、あれ。あたしコケたのか。びっくりしたー」


 攻撃の衝撃で前後の記憶がいい感じで飛んでいる花ヶ崎さんはゆっくりと起き上がり、首をひねった。


「なんでここいんの?」


「銀千代は常にゆーくんの側にいるんだよ」


「そっか、銀ちゃんもトワさんの冷やかし?」


 揉め事になりそうだったので、慌ててカウンターから出て、床に転がったレッドブルを拾い、花ヶ崎さんに「大丈夫?」と差し出す。


「ああ、ありがと。大丈夫。びっくりしてこけちゃったみたい」


「いや、ラリアットされたんだよ。銀千代、あやまれ」


「その節は誠にごめんなさい。怒りで我を忘れてたけど、ゆーくんに会えて冷静さを取り戻しました」


 淡々とロボットみたいに言った銀千代はしばらく無言になってから、

「でも、やっぱりゆーくんに会えて嬉しいから好きが溢れてきそうです」

 と世迷言をほざいた。


「お前、いいかげんにしろよ。無意味な暴力は振るうなって散々注意しただろうが」


「無意味かどうかはこれからする尋問の結果によるよ」


 銀千代はキッと花ヶ崎さんを睨みつけると、嘆息ぎみに続けた。


「またあなた? いい加減にして。あれほど色目使わないでって言ったよね。なんで来てるの」


「それはお前だからな。出禁って言ったろ。なにしに店に入ってきてんだ。警察呼ぶぞ」


「ごめんなさい、ゆーくん、でも緊急事態だったから。どうせこの女、ゆーくんのバイトがあと二十分で終わるのを見越して深夜ドライブに誘うつもりだったんだよ。それで、そのまま海とか見に行っちゃったりして、登り行く朝日にちょっとエモーショナルを感じてから、眠気が限界とかわけのわからないこと言ってそのままホテルにゆーくんを連れ込もうと考えてるんだよ、いやらしい」


「お前の考えがいやらしいわ」


 なんでそんなサカりのついた男みたいな思考ができんだ、こいつ。

 銀千代は唇を尖らせて、


「ともかく万年発情期の女子大生はゆーくんに近づいちゃいけないの。ゲット・アウト、ヒア!」


 半分自己紹介みたいな怒鳴り声で花ヶ崎さんを威嚇する。

 当の花ヶ崎さんはポカンとしていたが、やがて得心が言ったように一人嬉しそうに手のひらを合わせた。


「わー。海に朝日を見に行くって青春っぽくてメッチャいいね」


 満面の笑みである。

 なんかやな予感。


「トワさん、銀ちゃん、海見に行こうよ! 今から!」


「……ゆーくん、この女、どっち狂ったみたいだよ」


 珍しく銀千代が唖然とした表情で俺に助けを求めてきた。自分らで解決してほしい問題だった。


「狂ってないよー。だってさ、深夜ドライブって目的ないから退屈してたんだもん。でも海に仲間と行って朝日眺めるってめっちゃエモくない?」


「……ゆーくんと二人きりだったらね」


「じゃあ、アタシカメラマンしてあげるよ。朝日をバックにさ、二人の写真持ってあげる、良くない?」


「……すごくいい」


「決まりだね!」


 銀千代はほとばしる陽キャオーラにやられてしまったらしい。


「じゃ、俺、バイトあるから……」


 小さく会釈して、レジカウンター内に戻る俺の背中に花ヶ崎さんが大きな声で聞いてきた。


「もうすぐ上がりなんでしょ? 明日予定あるの? 朝早い?」


「いや、特に……」


 返事をしてから嘘をつけばよかったと後悔した。正直なところが俺のダメなところだ。


「なら、行けるね! じゃあ、車で待ってるから! 銀ちゃん、大学生活のこと聞かせてよ! どうなのどうなの二人の仲はー」


 銀千代の手を無理やり取り、花ヶ崎さんは自動ドアから出て、駐車されている車に銀千代を引きずっていった。

 大学生になって、花ヶ崎さん、なんかすごいパワフルになったなと無言になっていたら、バックヤードの扉を半分開けてこちらをじっ眺めていた先輩バイトの佐伯さんと目が合った。


「……」


「……」


 しばし無言で見つめ合う。


「なんすか」


「大学生、怖ぁ……」


 いいから働けよ。



 元気なのは最初だけだった。俺も銀千代も花ヶ崎さんでさえ、朝方にはローテーションだった。

 その日は曇っていて朝日は拝めず、気づいたら明るくなっていた。国道沿いの牛丼屋で会話もなく朝定食を食し、眠気がマックスな中帰宅した。初心者の運転でハラハラしたが、事故ることはなかったので御の字である。

 特筆すべきことは何もなく、つまるところ青春なんてそんなもんだ。






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