第21話 十月の愛は難問とともに 後
少し傾きかけた夕日が空をほのかにオレンジに染め始めていた。
秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだ。
四限開始まであと三十分もない。できれば早々にこの場をあとにしたかったが、俺をSF研究会の部室に閉じ込めた見川はノリノリでクイズを出し始めた。
「銀千代さんが総選挙で一位を獲得した際に発売された記念シングル」
「上から下から横から銀千代!」
「ですが、ジャケ写の銀千代さん以外のメンバーを5人答えろ!」
「……」
知るわけがない。
そもそもちゃんとあのクソ曲をまともに聞いたことすらないのに。ジャケ写とかあったんだ、あれに。
「……ぬま、沼袋七味」
「残念! シッチーはこの頃まだ芋洗に参加してないでござる! この程度の問題に答えられないとは!」
割とマジで難問すぎる。
申し訳ないけど、俺には芋洗39の人たちはみんな同じ顔に見えるのだ。髪型と衣装を揃えられたら多重影分身にしか思えない。
「いや、ほんと興味なかったから……」
「カノジョに対してそんなんでいいと思ってるでござるか!?」
「いや、そん時付き合ってないし」
もうなんかつかれた。
まあ、いい。間違えることはあっても、あいつに正解を取られることはほぼないのだ。
落ち着け、俺。いままでの狂気を振り返れ。こいつが知らなそうな問題を何か出してやるのだ。
「んじゃ、次は俺からな。小学生のとき、ネコの貯金箱のお返しにアイツがくれたものはなんでしょう?」
「むっ」
見川は喉を鳴らし考え込むように俯いた。勝ったな。
「ネックレス?」
やばい、正解に近い、が、まだ本質にはたどり着いていない、
「……なんの?」
「なんの?」
「……」
「銀千代ちゃんは昔から手先が器用らしいから、おそらくビーズとかで作られたものではござらんか?」
「残念正解はダイヤモンドでしたぁー!」
「エ゛ッ!?」
見川はゲップのようなうめき声をあげ、
「小学生と申したではないか! 嘘をつくでない!」
と首を大きく振った。
「俺もそう思うけど、常識ではアイツは測れないし、何より、本人がそう言ってたからな」
「く、納得いかないでござる」
「これで一対一だな」
なんだかんだで勝負事は楽しい。そう思ってしまうのは俺の悪い癖だ。
あいつの奇行と狂気ならまだまだいくらでもある。
「まあいいでござる。それでは第二問」
見川は素敵な笑みを浮かべて続けた。
「握手会において銀千代さんが鍵閉めのファンに必ずかける言葉はなんでしょう?」
「……?」
なんでファンが施錠すんだ?
「戸締まりよろしく?」
「正解は、今日のラストは見川さんなんだね、また今度ね、でした」
「いつも鍵閉めしてたのか……」
本業はセコムの人なのかな。
「ベリーイージーの問題も答えられないようではトレジャー失格でござるよ」
「いやそもそも俺はファンじゃねぇ。幼馴染だよ」
「ともかく二問目は小生のポイントでござる。そちらの番でござるよ」
「そうだな」
と、いろいろと考えてみたが、どうもいい問題が思い浮かばない。今まで興味のないふりをしてきたからだろうか。アイツに関しての情報が俺には足りないのかもしれない。
奇行や狂気は一身に受けて来たはずなのに、肝心なときにそれを思い出せないのは、おそらく、俺にとってそれらの出来事が単純にトラウマになっているからなのだろうか。
思い出したくもなくて、心の引き出しの奥にしまいすぎているらしい。
「早くするでござる」
無言でうんうん唸りだして一分ほど経ち
、見川が催促するも同時に、
「おまたせでげす」
部室のドアが開いた。
「!」
立っているのは当然、俺をこの不可解な状況に叩き込んだSF研究会の先輩と、もう一人。
「ゆーくん! 心配したよ! こんなところにいたんだね!」
渦中の人、金守銀千代だった。
「ゆーくぅんンン、とっても心配してたんだよぉぉ!」
銀千代はいつものごとく喉を震わせながら、飛び込むように室内に足を踏み入れ、ボロボロと泣き出した。今日も今日とて情緒不安定だ。
「スマホの電源落としちゃダメだよ。どこいったのか本当に心配したんだから! エントランスでゆーくんの行方を色んな人に聞いちゃったじゃん!」
「……」
トラウマがまた増えた。
「ぎん、銀千代ちゃん!?」
見川がパニックになったように叫んだ。
嬉しさとおどろきが同包した奇妙な声だった。
「あれ、見川さん、なんでこんなところにいるの?」
さしもの銀千代も状況が読めなかったらしい。涙の跡を拭いながら、首をひねる。
「説明するでげす。この人は我が校のOBで僕達のSF研究会に金守銀千代が所属していると知って交渉を持ちかけてきたんでげす」
「ゲス太郎は黙ってて」
「失礼したでゲス」
先輩は恭しく頭を下げた。
タバコ吸いに行ってる間に一体何がおこったんだ。
様々な疑問が湧き出てるが、とりあえず一つ一つ解決していこう。
「おい、銀千代、先輩はどうなってんだ?」
「ゆーくんを拐かしたことはわかってたから、エントランスで見つけた時、頭に来て、今日一日語尾にゲスをつけるようにって、買収したの。それと銀千代をゆーくんのところに案内するように依頼したんだ」
「この程度安いもんでゲスよ」
先輩はいつもの無表情で淡白に呟いた。語尾は変わってもスタンスは変わらないらしい。
「やめさせろよ」
「だめだよ、ゆーくん、契約はしっかりしないと。少なからず報いを受けさせないと、この女には」
「あんたはそれでいいのかよ」
「ゲスつけるだけでお金もらえるならいくらでもつけるでゲス。世の中金でゲス」
それなら語尾はヅラにしてほしかった。
地味な嫌がらせをやめさせるよう改めて口を開きかけたら、それを遮るように銀千代が言葉を挟んだ。
「それでこれはどういう状況なの」
銀千代の厄介ファンの見川と俺が、和気あいあいと会話をしていたことに首をひねっているらしい。
俺たちの仲を引き裂こうとしていたことは伏せて、経緯を説明した。もし、先程までのやり取りが銀千代の耳に入ったとしたら、見川は血祭りに違いないからだ。
「なるほど。銀千代のことをどれだけ思っているかをお互いに誇示しあってるんだね!」
銀千代は少しだけ嬉しそうに頷いた。
「それで今はゆーくんのターンなんだ! どうぞ問題を出してあげて」
「いや、それが何も思い浮かばないんだよ」
銀千代は一瞬不機嫌そうに唇をとがらせた。
「なんでもいいから、ほら」
圧を感じる。いつものことだけど。
「いつもみたいに愛を言葉にすればいいだけだよ!」
変なことを言われるたびに、脳の処理速度は落ちていく。
あーなんかあったかな。
というか、もうドアが開いた以上こんなところで暇つぶしをする必要もなくなったのだから、適当に終わらせて、御暇すべきなのではないだろうか。
「じゃあ、銀千代の好きな食べ物は?」
「はははは、ベリーイージーな問題でござる」
見川は心底可笑しそうに笑った。そりゃファンなら当然知ってるよな。
「正解はパンケーキ」
「え、カレーライスだろ」
「カレーライスだよ」
事も無げに銀千代は言った。
「ほらな」
いつも「銀千代とゆーくんの好みはおんなじだね!」って言ってカレー食ってるから間違いないはずだ。
「ズ、ズルでござる、そんなの! 三年前のエイティーン9月号のインタビューで確かにパンケーキが好きだって」
「好みなんて、山の天気と同じくらい刻々と移り変わっていくものなんだよ。唯一この世で変わらないのは、銀千代のゆーくんを愛する気持ちだけどね。ゆーくんの言うことはすべて銀千代の正解なんだよ」
こいつが審判としてここにいる限り俺に負けは無くなったんじゃね?
静かにそれを悟った見川はどこかしょげた様子で口を開いた。
「ま、まあいいでござる」
声に元気はない。
一番の推しの前とは思えないほどだ。
そりゃそうだろう。自分の人生を賭して応援してたアイドルが目の前でカレシといちゃついてんだから、気が気でないはずだ。
そういう事を考えたら、同情とともに、罪悪感が少しだけ湧いてきた。
「それじゃ三問目、一昨年の秋、機材トラブルで音が出なくなった時、銀千代ちゃんがアカペラで乗り切ったライブをなんというか」
「……」
知るわけない。
ちらりと銀千代を見るが、微笑むだけでなにも答えない。いつも無駄に答えを教えようとするくせに。
「アカペラ会?」
「残念、正解は奇跡のハロウィン」
なんだそのヤンキー漫画のイベントみたいなタイトル。
「こ、こんな簡単な問題もわからぬとは……」
大げさなアクションで頭を抱えられる。
「全く持ってその通りだよ、ゆーくん」
お前俺の味方じゃなかったのかよ。
「機材トラブルでライブを延ばすわけにはいかなかったから、銀千代頑張ったんだよ。早く帰って、ゆーくんにトリックオアトリートをして上げないといけなかったからね」
「もっとちゃんとファンのこと見てやれよ!」
思わず突っ込んだら、
「見てるよ」
事も無げに反論を食らった。
「S席の2列目30番」
「は?」
「奇跡のハロウィンのときの見川さんのいたところ。あのライブに来てくれた人たち、さすがに全員じゃないけど、握手会でお名前を教えてくれた人は、今でもキチンと覚えてるよ」
「う、嘘だろ、お前……」
なんつぅ、脳の容量してんだ。
銀千代は逆に俺の反応が意味わからないのか、きょとんとしている。
い、いや、しかし、ありえるかもしれない。無駄に天才肌だし。
「天使……」
うっとりとした表情で見川が呟く。その反応を見るに、銀千代の言葉を真に受けたらしい。いやそもそも数年前のライブの自分の席番号なんて覚えてるもんなのか?
てきとー言われて誤魔化されてるだけなんじゃないか?
と言おうかと悩んだが、夢を壊すのは野暮なことなのでやめておいた。
「さあ、そっちの番ござる」
見川が恍惚とした表情で続きを促す。
さっきは同情したばかりだというのに、なんでかよくよくわからんが、少しだけイラッとした。
「そうだな……」
銀千代を見る。いつもどおりの微笑みを浮かべていた。
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「それじゃあ、見川さん、鍵閉めよろしくね」
「はいよろこんで!」
「お疲れ様。また今度ね」
三番勝負が終了し、俺と銀千代、それからSF研究会の先輩は無言で部室をあとにした。
時間を無駄にしてしまったが、なんだかんだで次の講義に向かうのに丁度いい時間になっていた。
先輩とエントランスで別れ、二人きりになった俺と銀千代は次の講義に向かうため六号棟を目指した。
「でもなんでゆーくん、三問目、わざと負けてあげたの?」
少しだけ冷たい秋風が俺たちの間を吹き抜けた。
数ヶ月前の灼熱の太陽と全滅した蝉たちに想いを馳せながら、俺は浅くため息をついた。
「あいつにだってプライドあるからな。それに、分からせてやりたかったから」
「わからせ……?」
「いや、なんでもない」
金守銀千代が一番好きな人はだれでしょう?




