第20話 十月はこの世で最も目出度い日
一人暮らしの時間は無限だ。
節度と自制が大事とわかっていても昼夜逆転を避けることはできず、その日もいつものように夜更かしをしていたら、旧友から電話がかかってきた。
「テレビ見ろ!」
開口一番怒鳴りつけるように言われる。
中学の同級生の松崎くんだ。銀千代にスマホのアドレス帳を削除されたのでこちらからは連絡が取れなくなっていたのだが、幸い向こうは登録されたままだったらしい。
「めっちゃ久しぶりじゃん! 元気してたー?」
「そんなんどうでもでもいいから、はやくテレビつけろって!」
「テレビとか最近全く見てないわ。それよりさ、幻水のリマスター買う?」
「いいから早くテレビつけろって!」
雑談を全く許さない勢いで松崎くんは俺に命令した。めんどくさいなぁ、と思いながらゲームを一時中断し、テレビにする。
網戸にした窓から秋の夜風が吹き込んでいた。
「あ、銀千代」
画面に映される金守銀千代。右上の番組名を見ると、深夜によくあるアイドルの情報発信番組のようだ。
画面の向こう側で、黙っているだけならば、普通に可愛くて自慢できるカノジョなんだけどなぁ、とため息をつきそうになる。
元々読者モデルをしていた銀千代だが、その縁で芋洗坂39という謎のアイドルグループに所属することとなり、何か知らんが、いつの間にか人気となって、今年のはじめ頃引退した。
だからアイドル番組に出ているのを見るのは久しぶりである。
「松崎くん、まだこんな番組見てんの? 何が面白いの、これ」
「同級生が出てたら見るだろ。って、違うんだ。これ、いま、生放送で……!」
『いぇーい、ゆーくん、見てるぅー?』
テレビの向こうの銀千代がダブルピースしながら歯を見せて笑った。
「……」
絶句。
ゆーくんって、おい。
こいつ、全国放送で俺の名前(あだ名だけど)を出しやがった。
なんなんだこれ。どういう状況?
頭が痛くなってきた。
「銀ちゃんが芋洗のレジェンドOGとして登場して、最初は普通にトークしてたんだけど、どうしてもみんなに言っておきたいことがあるって言って、突然お前のことを説明しはじめたんだ。一から全部!」
右手のスマホのスピーカーから聞こえる松崎くんの声すら遠くなっていく。
銀千代にはこれまで口酸っぱく俺を巻き込むな、と言ってきたのに、掟を破りやがった。
こう言っちゃなんだが、アイドルである銀千代のファンは、厄介な奴らが非常に多い。
思い込みの激しい一直線なタイプ。
現に俺も何回か幼馴染ということで襲撃を受け、命の危険すら感じたことがあるほどだ。
そういう側面もあり、銀千代はアイドルを辞めた、のにも関わらず、なぜここにきて自ら俺の存在をバラすのか。
『今日はみんなにもお祝いして欲しかったんだ!』
銀千代が晴れやかな笑顔で両手を合わせる。
MCを務める中堅芸人コンビが焦りをごまかしたような苦笑いで『おいおい急に何言うてんねん』と下手くそな関西弁でツッコみを入れる。暴走機関車をなんとか止めようと彼らも必死のようである。
『銀ちゃんは相変わらずマイペースやなぁ。ほら、シッチーからも言ってやり』
『あ、いや、えっと、その、はい、えっと、その、はい、あの、銀千代さん、その一般の方のお名前を出すのはあまりよろしくないかと……』
高校の後輩で、銀千代と同じアイドルグループに所属していた沼袋七味が吃りながら銀千代を諌めた。もっとしっかりギャグみたいな感じで止めて欲しかった。バラエティの腕はないらしい。
『一般? ゆーくんは一般の人じゃないよ。銀千代にとって特別な人。そもそもそーゆー括りが意味わかんないんだよね。一人ひとりみんな特別な存在なはずだから、サ!』
ヴェルタースオリジナルみたいな謎のポエムを唱えてから、銀千代は続けた。
『ともかく今日はみんなにちゃんと知って、お祝いして欲しくて、公共の電波をお借りしてるってわけ! いぇーい!』
珍しくテンション高くピースを掲げる銀千代。どうやらクスリをヤッているらしい。芸能界に、はびこっている、と聞いたことがある。警察よ、はやく、あの女を逮捕してくれ。
「悪い松崎くん、俺は限界だ。テレビ消して、ちょっと横になりたい……」
「お、落ち着けよ。まさかお前と銀ちゃんが付き合ってたなんてな……いや、ただの幼馴染ではないとは思ってたけど……、で、でも、銀ちゃんが突然テレビでカミングアウトしたのにはきっと深いわけが……!」
松崎くんが虚しいフォローを入れた時、画面の向こうの銀千代はがニンマリと微笑み、
『昨日、なんとゆーくんが普通自動車免許の試験に合格しました!』
「……は?」
『一発です! すごい! この事実を知って、銀千代はいてもたってもいられなくなって、今日この場を発表の機会にすることにしたのです!』
すんな、おい。
思わず口が開いてしまった。
たしかに、受かった。勉強の甲斐があって、一発で。確かに個人的には嬉しいニュースだが、いや、でも、まさかその程度のことで……。
『みんなにもお祝いしてほしかったんだ! なんと銀千代のカレシぃ(語尾上がる)のゆーくんが免許取れたんだよ! 国家資格だよ。すごいでしょ!』
嘘だといってくれよ。
こんなことで俺の個人情報は全国にばら撒かれてるのかよ。
「あっ、と、おめでとう……」
電話口の松崎くんからの祝福コメントも鼓膜には届かない。
冷や汗しかでてこない。
ちなみに番組はX(旧ツイッター)と連動しているらしく、画面はL字で視聴者のコメントが文字として流れている。
#芋洗坂 くだらねぇ
#芋洗坂 嘘だろ銀ちゃん恋人いたのかよ
#芋洗坂 俺も免許持ってるから銀ちゃんにイイコイイコしてほしい
#芋洗坂 たくっ、おもしれー女www
#芋洗坂 なんかの番宣?
#芋洗坂 ゆーくん死ね
ナチュラルに殺害宣言を受けて背筋が凍る。
こういうのって普通、番組のスタッフが検閲してから流すもんじゃねぇのかよ。
『いやいやそんなことわざわざテレビ発表せんでもー!』
司会のお笑い芸人がいい感じにギャクにしようと銀千代に突っ込む。
『そんなこと……? 免許を取るってスゴいことだよ。自動車は簡単に人を殺すことができるからね。でもこの人は人を殺さない安全な人って国が認めてくれた、ってことなんだよ。それを些細なことだってあなたは言うの?』
『……』
『それに免許取るって普通に大変なことだと思うよ。勉強しなきゃ無理だし、運転の技量だって必要だからね』
銀千代がマジトーンで目を見開いてブツブツと言うのでお笑いには出来なそうだった。
『し、シッチーなんか言うてやり!』
『……おめでとうございます』
なんだこの空気。
いたたまれなくなって俺はテレビを消した。暗くなった画面が俺を鏡のように照らし出す。顔面蒼白なのがわかった。
呼吸が乱れている。きつい、色々と。
こんなことならもっとちゃんと銀千代に言っておくべきだった。俺の危険予知トレーニングの敗北である。
「あーと、その」
松崎くんが戸惑う俺を慰めるように言った。
「今度ドライブでも行こうや。お前の運転で」
「うす」
電話を切り、崩れ落ちるようにベッドに横になる。
あーあ。
あー……。
寝よう。
目が覚めたら全部夢だったことにならないかな、なんて期待して翌朝スマホを開いたら、Yahooニュースのトップを飾っていた。
『元トップアイドル 金守銀千代に恋人発覚! 幼馴染のカレシが免許取得を生放送で大暴露!』
記事では銀千代の口から語られた、脚色された俺たちの馴れ初めに感動したファンは少なからずいたそうだが、ヤフコメではボロクソに叩かれていた。当たり前である。




