第19話 十月のデスストーカー
ようやく太陽が落ち着きを覚え、気温も下がり始めた秋のある日。
夕方から夜にかけての勤務が終了し、バックヤードでタイムカードを切っていたら、
「なあ、宇田川、相談があるんだ」
一緒に上がった佐伯さんに声をかけられた。
「なに? お金なら貸せないよ」
「いや、借りないよ。宇田川は私を何だと思ってるんだ……」
呆れたように肩をすくめられた。
そうだった。先輩だが、年下の佐伯さんは、県内でも有数のお嬢様高校に通っていて、有り体に言えばお金持ちなのだ。
じゃあなんでコンビニでバイトしてるんだ?
って、気になって聞いたことがあるが、「接客業は一度やっておいたほうがいい」と両親に勧められたからだそうだ。よくできた親御さんである。
「実はトラブルに巻き込まれてるんだよ」
「俺に解決できることなら手伝うよ」
「こないださ、お客さんから手紙もらったの見てただろ。背の高いマッシュヘアの」
「ああ、あのイケメン」
確か3日くらい前、フライヤーの掃除をしていたとき、長い時間声をかけてる若い男の人がいたのを思い出した。
「イケメンか? まあそん時にさ、年齢とか名前とか結構しつこく聞かれて、テキトーに流してたんだけど、最後にラインIDが書かれた紙を渡してきてさ。無視してたんだよ」
「ふぅん、厄介なナンパだな」
「そーなんだよ。そんでさ、さっき宇田川がゴミ捨て行ってる時にそいつがまた来てさ、なんで返事くれないんだってキレられたわけ」
「そんなことある? ヤバいヤツじゃん」
「ヤバい奴なんだよ。笑って誤魔化したんだけど、なんかずっとブツブツ言ってて、凄い怖かったの」
「そりゃ怖いな」
だけど、それを俺に相談して、どうしろと?
と思ったが言わなかった。
解決方法なんて聞かれてもわからない。とりあえず親か友達に迎えに来てもらうか、ひどい場合は警察に通報するくらいしか思い浮かばなかった。
「そんでさ、思い出したんだよ。最近すごい視線感じるんだ。ずっと誰かに見られてるような……」
「……」
「学校行ってるときも働いてるときも。さすがに家にいるときはなんもなさそうなんだけど、これってもしかしてそいつがストーカーしてんじゃないかなって」
「無言電話とかポストに怪文書とかは?」
「え、いや、それは無いけど」
「ああいう連中って気づかれたがってるからさ。わざと垂らしてそして拭く、みたいな。思い返してみて、なんかそれらしいこと、なかった?」
「あ、そういえば最近非通知で着歴が何件か残ってた! 私てっきりニコ動で漏れたアカウントのせいだと思ってたんだけど……!」
「え、あ、なんかやってたの?」
「ニコ生主を……いや、それは関係ないだろ! ストーカーだよ、問題は! 間違いない、やっぱりあの男、私のことストーキングしてたんだ」
佐伯さんは耳まで赤くなって憤慨している。照れているようにも見えたが、感情の動きが複雑すぎてよくわからなかった。
「しかし、宇田川、詳しいんだな、ストーカーに……」
ストーキングか。小六の頃からされてたぜ。家庭の事情でね。
「とにかくエスカレートする前に手を打ったほうがいい。最初に理由のわからないこと言われたときに毅然と怒鳴りつけておけば、こんなことには……」
「なんの話……?」
「あ、いや、心配なら親か友達に相談したら。警察は証拠がないと動いてくれないけど」
証拠あっても動いてくれないけどな、あの連中。
「だから相談してんだろ、宇田川にぃー!」
歯をむき出しにてイッーってされた。普通に可愛かったし、なんかちょっと嬉しかった。
「この時間、大通り抜けたとこ、街灯少なくてめっちゃ暗いんだ。宇田川、頼む、送ってくれないか?」
「……俺に?」
「そこ抜けたら、家まではとりあえず人通りあるから大丈夫だと思うんだけど……」
「あぁ、えっと」
別の問題が発生しそうで俺も怖い。
だが、年下の女の子に頼られてるのに、無下にするわけにもいかない。
いかないのだが、銀千代のことを考えると余計に彼女に迷惑がかかりそうでそれも問題だ。
「ちょっと待ってね」
銀千代に事情を説明したら納得してくれるだろうか。否、無理だろう。
かと言って説明しておかないで佐伯さんと一緒に帰ったことがバレたらミンチにされかねない。
まあ、どちらにせよ、一緒に帰ったらバレるんだから、とりあえず、一声かけとくか、とスマホを開いたところで思い出したんだ。
銀千代に無理やり入れられた位置共有アプリ。これを開けば今あいつがどこにいるのか丸わかりなのだ。
息が詰まりそうだが、まあ、たまに役に立つこともある。
アプリを開くと銀千代はお台場にいた。
そういえば今日はテレビの撮影でスタジオに行くって言ってたな。
「オーケー、送るよ」
バレなければ、無意味に怒らせる必要もない。内緒にしよう。俺はコンビニの制服をロッカーにしまって佐伯さんと一緒に退店した。
佐伯さんを送るために普段の帰路とは逆方向に進む。時間にして夜の十時を回ったくらいだ。人気はまったくない。中途半端な地方都市はゴーストタウンになるのも早いらしい。
秋の夜風は少し肌寒く、いつの間にかひっそりなくなった夏に想いを馳せながら、ゆっくり歩く。
佐伯さんは学校帰りに直でバイトに来たからか、制服姿だった。一年前まで俺も制服着ていた身なのに、なんだか少し心がときめいてしまう。おっさんになったということだろうか。
のんびり常連客の悪口で盛り上がっていたが、段々と佐伯さんの表情は硬くなってきた。
「あのマッシュ、マジでヤバイ目してたんだよ……」
佐伯さんはいつもの毅然とした口調とは打って変わった心配そうな声で呟いた。
なるほど、たしかに女子の一人歩きには危険な時間帯だ。
普段は自転車で通勤通学しているらしいのだが、ちょうどパンクしてしまったらしい。いまにして思えば、それもなんだか怖い話だが。
道を一本曲がる。
あたりの雰囲気がガラリと変わった。
先程までは人気が無いにせよ、街灯や自販機の明かりはあったのだが、道を一本それると雑木林や空き地ばかりになり、街灯が全く無くなるのだ。
茂みからは夜虫の鳴き声だけが響いている。
「こんなとこ通勤に使うなよ」
半笑いで言うと、
「ここ通らないと帰れないんだよ」
と半ギレで言われた。
「にしてもほんとに暗いな。ここ。スマホのライトでもつけようか」
とポケットからスマホを取り出して、ライトをオンにし、目の前を照らしてみたら、
「うわぁー!」
「きゃあ!」
銀千代が仁王立ちしていて、腰を抜かしてしまった。
「ななななな!」
ビビった拍子に俺の腕にしがみついた佐伯さんも一緒に転んでしまい、お互いブルブル震えながら銀千代は見る。
「なにしてんだ、おめぇ!」
スマホの頼りない明かりに照らされた銀千代は能面のような無表情で「やっぱり……」と小さく呟いた。
「おまっ、おま、お前何でここにっ」
「ようやく尻尾を出したね。この女狐」
舌打ちしながら佐伯さんを睨みつける銀千代。佐伯さんはと言うと泡を吹く寸前といったビビリ具合だ。銀千代の奇行に慣れている俺ですらオシッコチビるかと思った。
「ゆーくんが危ないときにお仕事なんてするわけにはいかないよ」
銀千代は俺の方を向き直ると笑顔で言った。狂気を感じる。
「銀千代のスマホのGPSをオンにしてマネージャーの稲田さんに持たせてただけ。敵を騙すにはまず味方からってね」
「いや、まじで意味わからんのだが……」
ガタガタ震えて子鹿のようになった佐伯さんに手を貸しながら、とりあえず立ち上がる。
「お前、現れるにしてももう少し時と場所を……」
落としたスマホも拾い、再び銀千代を照らすと、
「うわぁー!」
「きゃあ!」
銀千代の足元に男がうつ伏せで倒れていたので、またびっくりして尻もちついてしまった。
「な、ななにしてんだ!?」
さ、殺人!?
殺人!?
いつかやるとは思ってたけど。
「ああ、これ」
銀千代はつま先で男をちょんとつついた。「うっ」と小さなうめき声がしたので、よかった、まだ生きてるみたいだ。
「ストーカーだよ」
吐き捨てるように銀千代は言うと、こちらに一歩、ぐいっと歩を進めた。
「え、まさか、あ!」
佐伯さんが驚いて声を上げ、俺の方を向いて、こくこくこく、と頷いた。どうやら佐伯さんにラインIDを聞こうとした男らしい。
「最近、ゆーくんが仕事してるとき、いっつもいてさ。双眼鏡とか使って。いっつも見てたの。こういう卑怯な行為は許せないよね」
「……金守さん……!」
佐伯さんが嬉しそうに声を上げたが、勘違いしている。銀千代はおそらくマッシュヘアの男を俺のストーカーだと思って排除しただけなのだろう。異性だろうが同性だろうが、俺に近付くやつは暴力で片付けようとする危険思考な女なのだ。
「銀千代はすぐ気付いたよ。さっきだって、ここの木陰に隠れてさ。二人が来るのをジッと待ってたんだよ。ほら、寝たフリしないで、起きて」
銀千代がつま先で男の脇腹をさっきよりも強めに蹴った。「うぅ」とうめき声をあげ、男がよろけながら、ゆっくり立ち上がる。
「……こ、の、ざけんな、よ」
「もう二度と近づかないで。あなたの住所と名前、全部把握してるから。他のストーカーにも言っといて、銀千代たちに近付いたら命ないぞ、って」
「……おま」
なにか言いかけた男の頰が、バシンと小気味よい音で勢いよくビンタされた。
勢いが凄まじく、転倒した男は、信じられないといった感じで、しばし放心していたが、目をパチクリさせながら、恐怖に歪んだ表情で銀千代を見つめた。
「返事」
「……は、はぃ」
「消えて」
銀千代の声を聞くより先に男は駆け出していた。
闇に消えていく男の背中をぼんやりと見送っていた佐伯さんが、「金守さん……」と涙を一筋流しながら銀千代の名字を呼んだ。
「次はあなたの番。銀千代がいない間にゆーくんに手を出そうだなんて万死に」
「ありがとう!」
「……は?」
「私のために、そんな危ないことまでして、ストーカーを退治してくれるなんて……」
「べ、別にあなたのためじゃない。なにわけのわからないこと言ってるの」
「嫌われてるんじゃないかと、思ってたが違ったんだな……!」
「な、なに勘違いしてるの。あなたのことは嫌いだよ。ゆーくんに近づくから。ゆーくん、この女、頭おかしいよ!」
ツンデレみたいになった銀千代が戸惑いの声を上げた。人から好意を伝えられるのは苦手なタイプなのだ。揶揄するのも悪いので、銀千代より頭のおかしい人はいないぞ、と嫌味を言うのはやめておいた。




