第17話 九月に酔歩するインソムニア
カーテンの隙間から月明かりが漏れている。
それでも室内は十分暗く、静かな夜は深い睡眠に導いてくれる。
「もしもし」
何処か遠慮したような小さな声に意識が揺り動かされる。
「改めてこんな事聞くのも恥ずかしいんだけど」
ボソボソと囁かれる甘い声さえ無ければ再び夢の世界に旅立てたことだろう。
「ゆーくんの理想の女性について教えてもらってもいいかな」
微睡みの縁から引っ張り上げられた俺の意識は、覚醒と睡眠の間で綱引きを開始していた。
「もちろん銀千代だってことはわかってるんだけど、人の心情は移り変わっていくものだから念の為ね」
「……その前に一ついいか……? 今何時」
3時03分。銀千代はこともなげに現在時刻を告げるとベッドサイドに顎を乗せ、俺を見つめながら質問を続けた。
「まずは胸のサイズ。以前のゆーくん はおっぱいはデカければでかいほどいいという発言をしていました。その思いに変わりはないですか?」
「……」
どうやらコイツは夜行性らしい。最近流行っているトコジラミも夜行性らしい。どっから入ってきたのかわからないところもそっくりだ。ドアには鍵をかけていたはずなのに。
「ゆーくんが整形してる女性は好みじゃないという発言をしているのでいままで豊胸などをしてきませんでしたが、現状はどうお考えですか?」
眠くて眠くて仕方がない。なんでこんな深夜に来てんだ、こいつ。
百歩譲って答えるにしても、昼間聞けよ。
「ゆーくん、教えて。ねぇ。おっぱい、好き?」
「……すき」
「おっきいほうが好き?」
「どっちもでもいい……から、寝させろ」
なんなんだこいつまじで。
「早く帰れぇ」と呪詛のように唸ったが、
「涙袋はあったほうがいい?」
普通に無視された。
「銀千代はわりとある方だけど、もうちょっとぷっくりしてるほうがいいって言うなら、注射うつよ」
「せんでいい、そんなん」
「えへへ、そっか。うふふ。ゆーくんは今の銀千代が好きってことだね!」
「……」
「好きってことだよね!」
「……そうだな」
寝させてくれ。
「相思相愛だね!」
限界だ。限界に近い。せめてもの抵抗で、ベットサイドに立つ銀千代に背中を向けるように寝返りを打つ。
今自分が生きているのか死んでいるのかすらわからない、酩酊にちかい睡眠欲求の中で、きちんと返事ができているのかすらわからなくなってきた。たぶんちゃんと返事する必要はないのだろうけど。
「えへへ、やっぱり銀千代はナチュラルボーンゆーくんの好み、ってことだね」
んー、というため息に似た唸り声で返事をしたら、
「ゆーくん、眠いの?」
と聞かれた。応えなきゃわからんかね?
「眠いに決まってんだろ……」
「そうなんだ。銀千代はね、本当は一秒たりとて意識を飛ばしたくないんだ。かっこいいゆーくんと一緒に起きていたいの。できれば永遠がいいんだ。寝るとすぐ明日が来ちゃうから、さみしいんだよ」
長文で返事をされた。なに言ってるのか全くわからなかった。半分以上寝てるから、かと思ったが、たぶん真っ昼間に聞いても意味わからない発言だろうな、と霞む意識の中で思った。
「うるせぇ……寝ろぉ」
「そうだね。寝ないと人間は死んじゃうもんね。夢でもゆーくんに会えるといいな」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
俺の意識が飛ぶと同時に、モゾモゾと動く音がして、銀千代が俺の毛布に潜り込んできた、のがわかったが、とてもじゃないが払いのける元気はなかった。何においてもまず眠いのだ。
「背中ぎゅー。むぎゅぅー!」
と変な効果音をつぶやきながらバックハグされたが、抵抗する元気はない。
「ゆーくんの背中あったかいね。今日も一日ありがとうね。大好きだよ。えへへへ」
「……」
背中に胸を押し付けられるが、柔らかいな、と思うだけで、特に不埒な思いがわくこともなかった。睡眠欲は性欲を凌駕するのだ。
「ゆーくんは銀千代のこと大好き?」
「……」
「大好き?」
「……」
「大好き?」
「……」
「大好き?」
「……」
スヌーズか、お前は。
返事をするまで続きそうだ。
「あぁ」
「えへへ、嬉しいなぁ。今日も幸せでした。明日はもっと幸せだよ。ゆーくん好き好き! だぁいしゅき!」
死ね。
「寝る」
「うん。そうだね。おやすみなさい」
なんだこいつ。
翌朝起きたときに、当然のように隣で寝ている銀千代を叩き起こすと、「銀千代の容姿をゆーくん好みにアップデートする必要があるから年に一回は意識調査するようにしてるんだ」と理由のわからないことを言われた。
寝ぼけてる時は素直な気持ちで答えてくれるから、そういうタイミングを狙っているのだそうで。
「お酒が飲めれば酔ってるときとかに確認するんだけどね」
とゾッとしない発言をするので、二十歳になってもアルコールは控えるようにしようと思った。




