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第15話 九月の監視はカゲロウの如く


 帰宅時に真っ先にすることは、留守中に不法侵入されていないかのチェックである。


「……む」


 ドアの隙間に紙を挟むのは当然として、蝶番にシャーペンの芯を挟んだりもしている。

 教習所からの帰ってきたら、リビングに通じるドアに仕掛けていたシャー芯が折れていた。つまり銀千代の来訪を意味する。


「出てこいよ、いるんだろ?」


 返事はない。あくまでもごまかすつもりらしい。


「隠れてないで、出てこいよ。遊ぼうぜ」


 中二っぽく言っても反応はなかった。

 なるほど、隠れんぼがお望みらしい。


「ばあー!」


 ホラー映画っぽくクローゼット開けたが、誰もいなかった。


「くそ、こっちか!?」


 ベッドを覗き込んでも、誰もいない。


「わかった、風呂場か!」


 バスタブまで見たが見当たらなかった。


「……気のせいか……」


 独り言が虚しく孤独の室内に落ちる。

 だがしかし、シャー芯が折れていたのは事実。誰かが侵入した事は疑いようもない。

 そして、なにより怪しいのが紙は挟まっていた、という点。シャー芯が折れて紙が挟まっていたら、狡猾なやつが犯人で間違いないのだ。

 自然と舌打ちが漏れていた。

 出かける前に撮影した部屋の俯瞰写真と見比べてみるが、家具や物が動いた形跡はない。

 銀千代め、俺の目をごまかせると思うなよ。どこに隠れていていようと、必ず見つけ出して然るべき報いを与えてやる。

「……あ」

 思わず声が出ていた。そうだ、部屋にいるとは限らないんだ。俺の帰宅を察知して、自分の家に戻ったことだってあり得る。

 窓を見る。

 鍵はしまっていた。なるほど密室というやつか。

 先日部屋に開けられた穴は修理させたし、他の侵入ルートがあるなら吐かせないと。


「……いや、あいつ俺の家の合鍵持ってんだった」

 単純なことを失念していた。やはり鍵を渡すのは早計だったらしい。

 浅くため息をついてから、握っていたスマホから連等先一覧を呼び出す。一覧と言っても父親と母親と銀千代しか登録されてない。

 一回目のコール音が鳴り終わる前に、応答があった。


「もしもしゆーくんからのお電話なんて久しぶりだね。銀千代は元気だよ。お仕事はいつも通り終わらせてきたよ。今は駅前にいるんだ。スーパーに買い物行こうか悩んでるところ。冷蔵庫なんにも入ってなかったもんね」


 聞いてもいないのにベラベラと現状をマシンガンが如く伝えられた。


「お前、俺がいない間に部屋に入ったな」


 無視して要件だけを端的に伝える。

 一瞬しか鳴らなかったが、コール音は部屋からしなかったので外にいるのは本当らしい。耳をすませば雑踏の音がする。


「? 入ってないよ」


「とぼけんな。合鍵使うときは必ず俺に一報してからじゃないと駄目って約束したよな」


「約束したね。ちゃんとゆーくんとのお約束条項に加えて額縁に入れて飾ってあるよ」


「気持ち悪いことすんな。いいか、俺はな、留守中に誰かが侵入したらわかるようにトラップをいくつか仕掛けておいたんだ。それが反応してたんだよ」


「え!? そんなことしてたの、気づかなかったなぁ」


 なんか白々しいな。


「お前以外誰が俺の部屋に入ってくんだよ」


「銀千代も銀千代以外の雌豚が部屋に入ることはないって信じてるよ」


「そういうこと言ってんじゃない。不法侵入はお前以外するわけないんだよ」


「えぇ。銀千代はそんなことしないし、するとしてもバレないようにするし……、ちょっとまって、それってまさか空き巣!?」


「……いや、盗られたもんなさそうだし」


「ゆーくん、不安だよね。今すぐ帰るね」


 ぷつんと一方的に切られた。

 いやいやいや、まさかだろ。そんな事あるわけ……。


 それから銀千代は俺の家に来るまで、メリーさんの電話よろしく何回もかけてきて、自分の居場所を逐一伝えてきた。


「いま背後にいるんだ」


 最後は気配なく近づいてきて、バックハグされた。超ビビって悲鳴を上げてしまった。


「ゆーくん、怖かったね。ヨシヨシ」


「てめぇ、離れろ!」


 怒鳴りつけてから、銀千代の束縛から逃れる。


「うん、そうだよね。イチャイチャするのはお風呂入ってからだもんね。銀千代もお外で汗かいてきちゃったから、少し流したいし」


「そんなこと言ってんじゃねぇ!」


「ゆーくんたら慌てん坊さんなんだから。いいよ、いつでも銀千代は受け入れるからね。汗フェチだとは思わなかったけど、新しいことにチャレンジするのも悪くないしね」


「不法侵入の件だよ!」


「……あっ!」

 銀千代は鳩が豆鉄砲食らったみたいに目を見開いた。

「ゆーくんがピンチって知って、急いでここまで来たんだけど、早く会いたいって、繰り返し思ってたら、ゆーくんがピンチだったって一瞬忘れちゃってた」


「もう、なんでもいいからさっさと白状してくれ」


 そして俺を安心させてくれ。

 見知らぬやつに侵入されたって考えるより、知り合いの銀千代のほうがまだましだ。……ましだよな?


「でも本当に身に覚えがないんだよ。もちろんゆーくんのことを好きすぎて無意識に行動してしまうことはあるけど、今回に限っては朝一で番組ロケに行ってるし、ゆーくんの外出中に戻るような時間もなかったし……」


「なるほどアリバイを主張するわけだな。それ証言できる人いるの?」


稲田マネージャーさんとか、スタッフさんとか……」


「ふぅん……」

 アリバイ崩しをしなくては。野郎、面白くなって来やがった、と顎に手を当てて数秒考えたが、どう考えても崩せなかった。名探偵の素質は俺にはないらしい。


「ゆーくん……不安だよね……」


「そりゃな」

 誰がなんと言おうと部屋に誰かが入ったのは事実なのだ。たとえそれが銀千代じゃないにしても。


「……見てみる?」


「ん?」


「わかるよ、侵入者」


「どうやって?」


「録画映像あるから」


 と言って銀千代はポケットからスマホを取り出して、俺に見せてきた。

 画面には俺と銀千代が部屋の中心でスマホを覗き込む動画が写っていた。


「はぁあああ!? なにこれ!」


 映像の中の俺も大仰に仰け反る。リアルタイムらしい。


「部屋に仕掛けてあるカメラの映像を見れるんだ。本当はペットの見守り用なんだけど、より小型で目立たないように改良したんだ。一週間程度であれば遡って再生することも出来るんだよ」


 どう、すごいでしょ?

 と鼻を高くし、ふんす、と息を吐く銀千代。


「お、お前、やっぱり盗撮してやがったな!」


「……あ」

 しまったみたいな顔されても俺が逆に困る。


「ち、違うよ、ゆーくん、これは、えっと、ひみつ道具のタイムテレビだよ」


「しょうもない言い訳してんじゃねぇよ! 盗撮は絶対やめろって言ったよな!」


「癖になってて……あ、で、でもこのカメラのお陰で侵入者の謎が解けるから怪我の功名というか、逆に良かったと言うか」


「良くねぇよ。俺にもあんだぞ、プライバシーが」


「え、じゃあ、見ないの? 録画映像」


「……それはまあ見る、けど」


 ひとまず倫理観は置いておこう。


「オーケー。まかせてよ。銀千代のスタンドで謎を解くね! 再生リプレイするぜ!」


 録画再生モードの画面を出し、銀千代は画面下のシークバーをスライドして俺がベッドから抜け出たところから再生し始めた。


「スタンドじゃなくて盗撮だろ」


盗撮ムーディブルース!」

 開き直りやがった。


「寝起きのゆーくんもかっこいいなぁ。顔洗って寝癖を直すゆーくんもかっこいいなぁ。歯磨きしてるゆーくんもかっこいいなぁ。お出かけコーデ考えるめんどくさいならそこらへんのシャツを羽織るゆーくんもかっこいいな。あ。画面の中のゆーくんが部屋を出るよ!」


「いちいちうるさい」


 画面の中の俺がリビングの扉を開けて、画角から外れる。


「映像切り替えるね」


 畜生、複数台設置されてやがる。


 玄関からの映像は、俺が前屈みになって、扉の隙間に紙を仕込むところだった。

 このあと、シャー芯を蝶番に入れ、……あれ?


「ゆーくんそのまま外出ちゃうね」


 いつもの癖でシャー芯も仕込んだと思い込んでいたのだ。前日仕掛けたモノが、出入りで折れただけらしい。

 特に不法侵入はなかった。


「……疑ってすまんかった」


 とりあえず謝ろう。


「ううん、いいんだよ、ゆーくんのことは何があろうと愛してるからね。疑いが晴れて良かったよ」


 銀千代はニコニコしながらシークバーを現在時刻に近づけていった。


「何してんだ」


「一応他に侵入者がいないかチェックしないと」


「それもそうだな」

 とぼんやり画面を眺めるが、代わり映えのしない風景が写真のように続くばかりである。画面の中の時計と日差しで伸びる窓枠の影だけが変わっていく。


「あ、ゆーくん帰ってきた」


 帰宅したばかりの俺は怪訝な顔を浮かべ、周囲をキョロキョロと見渡している。無駄に画素数が高いから動きも滑らかだ。

 あ、なんか嫌な予感。


『出てこいよ、いるんだろ?』


 気取った独り言をドヤ顔で呟く俺。


「銀千代は常に共にあるよ」

 イエスと共にあれ、と言うような感じ横の銀千代が嬉しそうに呟く。いますぐ動画を止めてくれ。


『隠れてないで出てこいよ、遊ぼうぜ?』


「ところでゆーくんは誰に話しかけてるの?」


 突然真顔で訊いてきた。


「いや、なんていうか……」

 もし銀千代が隠れていたならこれで何かしらの反応があると思っていただけなのだが、完全勘違いだったとわかった今、客観視してみると顔から火が出そうなくらい恥ずかしい行動だ。


『ばぁー!』


 画面の中で楽しそうにクローゼットを開けたりする俺。

「まさか、浮気相手が隠れてるの?」

 目を見開いた銀千代の瞳が猛禽類のように鋭くなる。


「いや、なんていうか……」


 こういうのがあるから盗撮はだめなんだよ。







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