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第14話 八月の夜は長くて普通


 接客業を経験者なら共感してもらえると思うが、レジ打ちのとき、厄介なのが喋り込んでくるお客さんである。

 そういう人は大抵後ろに列が出来ていても、のんびりと会計するので、なんで他人が気遣えないのかと文句を言いたくなってしまう。あまり一人のお客さんに時間をかけると並んでいる人があからさまに不機嫌になってくるから考えものである。

 パンパンに詰まった買い物かごを持ってきて、会計が終わったあとに、


「公共料金のお支払いおねがいしまーす」

「メルカリの荷物発送おねがいしまーす」

「ジャンプくださーい」

「ファミチキくださーい」


 とグダグダグダグダ注文をつけるなど、もってのほかだ。まあ、全部銀千代なのだけど。


「何回言えばわかるんだ」


 深夜一時。仕事帰りの銀千代は身バレ防止のサングラスと帽子を被り、大量の買い物を行っていた。

 いくら人気のない時間帯とはいえ、一つのレジが埋まると、接客が滞る。


「お客さんはお前だけじゃないから無意味な買い物すんな。あとうちはファミマじゃないからファミチキは売ってない」


 日頃の頑張りが認められて、ようやく夜勤を任されるようになったのだ。深夜帯の時給はかなり高いのでありがたい限りだが、厄介なお客さんが多すぎるのが難点だ。厄介代表の金守銀千代がカウンターを挟んで向こう側で頬を膨らませた。


「無意味な買い物なんてしてないよ。必要な買い物をたまたまゆーくんのレジでしてるだけだよ。あ、あと切手と収入印紙ください。ビニール袋は二重にしといてください。お金なら払うんで」


「使わないだろ、そんなもの。だから、俺と話したいからって無駄になにか買う必要はないって言ってんだ。とっとと帰れ」


「でも、ゆーくんを売上ナンバーワンにしたいし……」


「ここはホストクラブじゃねぇ……! 売上上がっても俺の時給は変わらねぇ」


「んー、なんていうか単純にゆーくんに貢ぎたいんだよね」


「微塵も望んでない推し活やめろ」


「お金ならいくらでもあるよ。ゆーくんが歌舞伎町繰り出したら一日で顔写真付きのトラックを走らせられるからね」


「繰り出さないし、そもそもまだ酒飲める年齢じゃない。馬鹿なこと言ってないではやく帰れ」


「ドンペリの代わりにお仕事頑張っての缶コーヒーくらいは送らせてほしいな」

 銀千代はパンパンに詰まったビニール袋から缶コーヒーを取り出してカウンターに置いた。

一番きゅうけいのときにゆっくりしてほしいの」


「それはありがたいけど……」

 なんでうちのコンビニの隠語を知ってるんだこいつ。

「ともかくお前が頻繁に店に来るせいで店長や昼間のパートさんにもからかわれて恥ずかしいんだよ」


「エースでホンカノの銀千代がいるってしっかりアピールしないと勘違いさんが出てきちゃう可能性あるから我慢して」


「まあまあ宇田川」


 つうか会計終わったし、さっさと退けよ。とイライラする俺をたしなめるように隣のレジの佐伯さんが声をかけてきた。

 本来ならワンオペの時間帯なのだが、近頃治安が悪いらしいし、銀千代のようなヤバい客が深夜帯は多いので、最近は二人体制らしい。


「並んでいるお客さんは私が対応するし、ちょっとくらい混んでも別にいいだろ。文句言われたって、時間に余裕を持ってこない他の客が悪いんだし」


「なにこいつ急に話に入ってきてるの……?」


 銀千代はあからさまに不機嫌になった。


「見てわからない? いま店員ゆーくんぎんちよが会話してるんだからいきなり出てきてわけわからないことを言わないでくれる……?」


 いや、佐伯さんも店員だよ。 


「えっと、わ、私が言いたいのは金守さんはお店の売上にもたくさん貢献してくれてるし、気にせずに買い物してほしいってことで」


 どうでもいいが、佐伯さんは最近銀千代が元大人気アイドル芋洗坂39で活動していたと知ったらしい。サインを手に入れメルカリで転売することを画策していると店長が教えてくれた。


「言っておくけど、あなたを認めたわけじゃないからね。ベタベタベタベタゆーくんに近づいて。研修という名目があれば何してもいいわけじゃないから」


「教えるためには近づかざるを得な……」


「シャラップ!」


 店員モードを忘れて苦笑いした佐伯さんに銀千代は歯をむき出しにした。


「あなたさえいなければ銀千代がこのコンビニの新人アルバイトとして採用されるはずなのに……」

 アルバイト募集のポスターが貼ってないのにも関わらず、銀千代は何度も店長に「働かせてほしい!」と打診していた。

「一人分のシフトに二人はちょっと入れないって店長が言うから仕方なく今はお客さんに甘んじてるだけなんだから」


「あー、まー、年末とかになったら今の四年が抜けるからすぐに採用されると思うぞ」


「佐伯さん、いま大学二年だっけ?」


「そだけど……」


「ちょっと退学して長野県上伊那郡伊那市西箕輪に帰ってくれないかな」


 どこそこ。

 首をひねる俺の横で、佐伯さんの顔は少し青ざめていた。


「なんで知って……」


故郷くにに帰るんだな。佐伯さんにも家族はいるだろう……」


 銀千代が浮かべた心配そうな笑み。どんなに演技がうまくても、病的に見えるのは気の所為ではないだろう。


「おい、銀千代……」


「なぁんちゃて」


 ぺろりと舌を出す。

 佐伯さんの実家の住所を知ってる時点で洒落にはなってない。


「えと、退学する予定はないし、私はこっちで就職するつもりなんで……、実家にはたまに帰省するけど」


 悪くなった空気をごまかすように佐伯さんがつぶやくように言った。なんだかんだでこの人は空気が読めるいい人だ。


「それなら私が代わりに働くから制服だけロッカーに置きっぱなしにして」


「この間勝手に働いて店長から怒られてただろ。雇用契約結んでない人がバックヤードとか入るのは普通にまずいって」


 あわや警察沙汰だった。


「働いた分の時給は上げるよ。銀千代はただゆーくんの隣に立っていたいだけなの」


 銀千代の歪んだ純粋無垢な瞳に佐伯さんは肩を落とした。


「そんな裏金みたいなのは受け取れないよ」


 まあ、ともかく俺がこのコンビニで働き始めて、最初はともかく大変だった。銀千代に社会常識を教えるのはもちろん、暴走を食い止めるのは骨が折れた。今はなんとか「俺のカノジョでたくさん買い物をしてくれる太客で、たまにスタッフに差し入れをくれるいい人」という評価に落ち着いたが、そこに至るまでの心労を誰か評価してほしいところである。


「これだけは伝えておくけど、佐伯さんは、今の銀千代の要注意リストの筆頭だからね」


 なんか空気悪くなりそうだったので、顎で「さっさと帰れ」と出口を示す。


「はぁい」


 気のない返事をして出口に向かったかと思ったら、その横の雑誌コーナーに向かい、漫画雑誌を立ち読みし始めた。


「やっぱり最近のジャンプは新連載に力がないよね。どれもこれもどこかで見たような展開ばかり。ワンピース終わったらどうなっちゃうんだろうね」


「しょうもない評論してる暇があったら帰れって」


「はぁい」


 再び炭酸の抜けたような返事をした銀千代は、ふらふらとおぼつかない足取りで、イートインスペースに腰掛け、先程購入した果汁グミの袋を開けて食べ始めた。


「おい、何してるんだ」


 レジから声をかける。これからフライヤーの掃除をしないといけないのに、不審者が店内にいるだけで、気が散って作業ができない。


「グミ食べてるよ」


「俺、家に帰れって言ったよな」


「銀千代の住まいは常にゆーくんの隣」


「さっさと帰れ」


「夜道は危ないからゆーくんが暴漢に襲われないか心配で……。一緒に帰ろう」


「やだ」


「待ってるね」


「話聞けよ、おい」


 俺がため息をついたときだった。自動ドアが開いて、夏の夜風が店内に吹き込んだ。

「いらっしゃいませー」佐伯さんが慌てて挨拶をする。一人の男が店内に入ってくるところだった。夏だと言うのに銀千代と同じようにニット帽とサングラス、それにマスクをつけていた。背は高くないが中肉中背で、顔が隠れているので年齢はいまいまいちわからなかった。男は店内を一瞥するように見渡してから、首をゴキゴキならし、ゆっくりとレジカウンターに近づいてきた。


「あ、いら」


 続けて挨拶をしようとした俺よりも先に、


「ねぇ」

 銀千代が男性に声をかけた。


 男は無言で振り返り、イートインスペースに偉そうにふんぞり返る銀千代を見つけた。足を組んで王様のようなふるまいだ。


「何もしないで帰るなら、何もしないであげる」


 人を見下すような流し目で銀千代がまた理由のわからないことを言った。

 お客様に対して失礼な対応だが、文字通り客観的に見れば客同士のトラブルだし、横から口を挟む必要はないのかも……とちらりと思った俺を尻目に男は小さく舌打ちをして、踵を返して店内を後にした。


「ついに営業妨害し始めたな……」


 閉じた扉を見ながら、ため息をつく。よくわからなかったが、深夜帯の貴重なお客様を銀千代が追い払ったカタチだ。


「ち、違うよ。ゆーくん」


 居住まいを正して椅子に座り直した銀千代が慌てたように、首をふるふると横にしながら、見つめてきた。


「あいつは隣町で銀行強盗をやらかした指名手配犯だよ」


「は?」


「銀千代はね。ゆーくんがコンビニで働くに当たって、犯罪記録やこの辺りの治安情報を収集したんだよ。1%でもゆーくんが悲しい思いをしないように最善の注意を払っているんだ」


「冗談だろ?」


「本当だよ! 銀千代はゆーくんに対して嘘は絶対つかないから!」


 銀千代がふてくされたように頬を膨らませた。アイコンタクトで佐伯さんと目線を交わす。事務所のパソコンで隣町の強盗状況を検索してくれた。


「あっ……もしかしてこれ」


 映像は不鮮明で分かりづらいが、ネットニュースになっていた。不鮮明だが防犯カメラの画像も貼られていた。たしかに先程の男によく似ている。


「はっきりとわからないけど、さっきの男によく似てるね……」

 佐伯さんが困ったようにつぶやく。

「警察に通報したほうがいいのかな」


 ウチは被害にあってないけど、銀千代がいなければどうなっていたかはわからない。受話器に手をかけたところで、


「だめだよ、通報なんてしたら警察が来ちゃって現場検証やらなにやらでゆーくんの帰宅が遅れちゃうでしょ」


 イートインにいる銀千代が唇を尖らさせた。


「こういうのは他の誰かに任せるのが一番だよ。雑な手口だし、ほっといてもそのうち捕まるよ。そんなのにゆーくんの貴重な時間を割くのはもったいないよ」


「おまえなぁ。あいつを野放しにしてたら危ないだろ」


「他人がどうなろうと知ったこっちゃないよ。ゆーくんと銀千代が幸せなら、すべて世は事もなし」


「……」


 ふんす、と鼻息を荒くする銀千代。


「……」

 良心が痛む俺と佐伯さんはその後警察に通報し、監視カメラの映像やら、店長への連絡やらで一時間残業する羽目になった。帰宅が遅れることとなり、銀千代は終始不機嫌だったが、俺達の通報のお陰で犯人は逮捕されたらしく、全て世は事もなしで、めでたしめでたしだ。




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