第11話 八月も働きましょう
絶望的にお金が足りない。
週三回のコンビニバイトでは生活費を賄うことだけで精一杯で、貯金もできないし、ましてや遊興費などは一切ない。
このままでは華の大学生活が虚しすぎる。人生の夏休みと聞いていたのに、話が違いすぎて涙が溢れそうだ。
部屋から眺める窓の外には青い空と白い入道雲が浮かんでいて、なんでもないのに焦燥感に囚われてしまう。
夏が近いのにこんな沈んだ気分でいるのは精神衛生上よくないし、やるかどうかは別として、割の良い短期バイトが無いか探してみよう、と、そんな風な考えて、自宅でゴロゴロしながら、スマホをいじっていたら、銀千代から着信があった。
無視しても良かったが、着信画面が表示されている限りスマホを操作できないし、出るまで鳴り続けるので、仕方なく「もしもし」と応答する。
「あっ、ゆーくん、ちょっとお願いがあって連絡したんだけど、今事務所の人手が足りてなくて、一日でいいから銀千代のお仕事手伝ってくれないかな。もちろんお金は支払うよ」
渡りに船、と思うのはあまりにも浅慮だ。タイミングが良すぎて勘ぐってしまうのは杞憂だろうか?
「お前また俺のスマホと同期してるだろ」
「なんのこと? してないよ」
声掛けのタイミングが良すぎるのだ。アルバイト情報をググり初めて五分後の着信。スマホの情報を抜き取っているに違いない。
「俺が短期バイト探してるってなんでわかったんだよ」
「ゆーくんと銀千代は以心伝心だからじゃないかな」
「ほんとうは?」
「た、たまたま見えただけだよ」
今、自宅で一人きり、のハズである。静寂が耳に痛いほどに。
「……」
見上げた天井に監視カメラのようなものはない。じゃあ、一体どうやっ……、
「あ」
「銀千代はね、心配なだけなんだよ。このままゆーくんの金欠病が続いてしまうと闇バイトに手を出してしまうんじゃないだろうかって」
壁に空いた穴。そこから黒く濁った瞳が覗いていていた。
「それならいっそ目の届くところで働いて貰おうとおもって。だめかな?」
壁を壊されたことを忘れていた。大家に怒られたくないのでとりあえずポスター貼ってごまかしていたのだが、そのポスターもいつの間にか破かれていた。
「……時給は?」
通話を切って、壁越しに訊ねる。
「5万円」
「いや、時給だよ」
「? 時給だよ。一日拘束で一時間休憩の八時間。日給四十万円」
闇バイトなみの給与だ。人でも殺すのだろうか?
「そんなにいらないから、壁をいい加減直してくれ」
「え、ということはつまりゆーくん、銀千代と一緒に働いてくれるってこと?」
「壁直してくれたらな」
「直す直す。当たり前だよ。だってゆーくんと銀千代の間に壁なんてもともとないんだもの」
「何いってんだ、お前」
本当は断りたいが、銀千代の紹介の仕事なら、賃金的には魅力的なのは間違いない。少し悩んで、
「壁を直してくれるなら、お前の仕事やるよ。ただし給料はもらうからな」
と返事したら、
「やったぁー!」
と心底嬉しそうに声を上げられた。
「ついにゆーくんと同じ職場で働けるんだね! 寿退社待ったなし! 本日を持って銀千代はアイドルを引退します!」
勝手にテンション上がってるところ悪いけど、
「短期アルバイトだからな」
最近、免許も取ろうと思ってるし、夏休みも近い。悪いが俺は遊ぶ金がほしいだけ。
なんやかんや話はトントン拍子に進み、銀千代の所属している大手芸能事務所に面接に行くことになった。
そんな会話から数日後。講義の終わりに面接をするため赤坂に行くことになった。
場所がいまいちわからないので、流されるように銀千代についていくと、テレビ局にたどり着いた。先方が忙しいので、ここで面接をするらしい。
といっても推薦なので採用はほぼ決まったようなものなので、形式上書類のやり取りをするだけ、と聞いている。受付で入館の手続きをしているときは緊張したが、なんとも気楽なものである。
「じゃ、銀千代は先にスタジオ入りしてるから、ゆーくんは面接をゆったり終わらせてきてね」
どこか上機嫌の銀千代と分かれて、控室に一人残される。
そもそもどんな仕事をするのかいまいちよくわかっていない。一人所在無げに佇んでいたら、見知った顔を見つけた。挨拶ついでに話を聞いてみよう。
「お久しぶりです」
銀千代のマネージャーの稲田さんである。とばっちりを食らう善良な市民で、誰に対しても腰が低く、丁寧な物腰なので好感が持てる人物ではあるが、いかんせん、頼れる人かと言えば、そうではない。
「あ、ゆーくんさん、えと、お、お久しぶりです。き、今日はお忙しい中、あ、あり、ありあ、あり、あり」
ブチャラティかな?
「あり、ありがどうございます」
「いえ、こちらこそ助かります。ところでマネージャーってどんな仕事するんですか?」
「所属タレントのスケジュール管理とか営業のアポイントとかほとんどが雑務で、……な、な、なんでそんなこと聞くんですか?」
「なんでって……仕事の内容は把握しておかないと……あ、ところで面接ってどこでするんですか? アポイントは全部銀千代の任せてたんですけど、あいつ詳細とか全然教えてくれなくて」
「面接……? ……あ、ああ、そういうことですね。えっと、B6スタジオです。銀千代さんはもう入ってます」
場所がわからないので稲田さんに案内してもらう。
セットが組まれたスタジオに案内される。木枠がむき出しで、色んな荷物が置いてある。薄い壁の向こうでは、カメラや照明がズラッと並んでいると思うと緊張してしまう。なんだかピリピリとした空間だ。
「面接会場、ここであってます?」
ノックって三回だっけ?
形式張ったものではないと聞いているが、やっぱり大人話すのは怖いので、なんだかんだで緊張していた。
稲田さんに案内されたところに行くと銀千代が立っていた。
「あれ、お前撮影は?」
控室を入る前に銀千代は先に撮影があるとかで、俺と分かれて行動していたのだ。
「今からだよー。やっぱりゆーくん、緊張しちゃうんじゃないかって思って会いに来ちゃった」
「そうか。まあ、精一杯がんばるよ」
「うん、何があろうといつもどおりのゆーくんで大丈夫だからね」
「お、おう。なんかありがとうな」
「うん、はい、お手々」
「手?」
銀千代が右手を差し出してきていた。
「何?」
「ゆーくんが緊張してるんじゃないかと思って。手をつなごう」
「いや、いいよ、別に。そんなに緊張してないし」
たかが、面接。将来的に見ればこういう場面はいくつも起こり得るはずだ。深呼吸して平常心で臨めば何事も乗り切れるはずである。
「無理しないで。世界が敵に回ろうと銀千代は味方だから」
世界に対して俺はなにしたんだよ。
「銀千代の手を握れば、ゆーくんもきっと落ち着けるの」
「だから別に緊張してないって」
「銀千代がね、緊張してるの。人前に出るときはいつもそう。可愛い銀千代を世界のみんなに提供できるかどうか心配になっちゃうの。ゆーくんが近くにいてくれてると思えば、常に可愛くいられるのはわかってるんだけどね。だから、ゆーくん、ドキドキしてる銀千代を支えてほしいの。手を握って震えを止めてほしいな」
「……わかったよ」
結局銀千代は手を握りたいだけなのだ。でもまあなんだかんだで初めての環境で俺も緊張していたのは事実だ。黙って銀千代の手を握るの嬉しさに彼女は微笑んで、
「うん、じゃあ、いこ!」
と、手を引いた。
行こう?
ICO?
何いってんだ、こいつ。バイトの面接をカノジョと一緒に受けるわけにはいかないだろう、と首をひねる俺の鼓膜を、
「本番五秒前ー」
どこからか響いた声が震わせた。
本番?
なんの?
これから撮影なのか?
カウントダウンは三秒前に収まり、パァンという音とともに、
「さあ、始まりました。新婚さんこんにちは! 今日はどんな素敵な御夫婦が来てくれたのでしょうか!」
とセットの向こう側から聞こえた。
え、何の話?
「銀ち」
俺が上げた声は、
「こちらの方です。どうぞー」
観覧者の万雷の拍手に飲み込まれた。
銀千代が俺の手を引き、むりやり引っ張る。
眩しい光が降り注ぎ、頭が真っ白になる。
ぱぁんという音ともにテープが飛び、某有名司会者と某有名女子アナウンサーがニコニコと立っているスタジオに連れて行かれた。
「な、なにここ……」
小さくつぶやくが、誰にも届かない。
バトルで敗れたポケモントレーナーのようにめのまえがまっくらになった。
後で聞いた話によると、現実にある番組で、ミステリドラマの撮影を行ったらしい。このあとスタジオで殺人事件が起こり、若妻役兼探偵役の銀千代がそれを解決するらしいが、混乱する俺はアドリブでのらりくらりと現状を乗り切るのに精一杯だった。
嘘でも相手役は俺でなきゃ嫌だ、という銀千代のワガママが採用されたわけだが、一般人ということでどうにか俺の顔は放映されずに済んだのは不幸中の幸いといったところである。
信じられない額の出演料が口座に振り込まれたが、恐ろしすぎて手がつけられなかった。




