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第1話 三月と鎖と手錠


 目が覚めると手足を鎖で繋がれていた。


「は?」


 寝返りが打てない。ベッドに仰向けで磔にされているようだった。

 壁かけ時計を確認すると、朝の早い時間だ。夢と断じて、もう一度睡眠の世界に逃げ込もうと瞳を閉じたとき、人の気配を感じた。


「おはよう、ゆーくん!」


 鎖の音で俺の起床を悟ったらしい。銀千代がひょこりと隣のキッチンから顔をのぞかせた。長い髪を後ろでまとめ、爽やかな笑顔を振りまいている。


「朝ごはんもうすぐできるからね。あと少し待ってて」


「なんでいんだよ」


 合鍵を持っているのは承知しているが、不法侵入の許可は当然していないし、寝る前にチェーンをかけたはずだ。

 何より家主をベッドにくくりつけ良いはずがない。

 訴えを無視して銀千代は料理に集中し始めた。その間俺はずっと体を動かし続けたが、鎖がちぎれることも手錠と足枷が外れることはなかった。


「おまたせー、できたよ!」


 裸エプロンの銀千代がリビングに入ってきた。お盆には焼き魚と味噌汁と炊きたてのご飯が乗っている。


「いや、早く拘束とけよ。そして出てけ。ふざけんな」

 俺は成長した。裸エプロン如きに臆することはない。そもそも恥じらいがない裸エプロンなどムーミンママを相手にしているようなもの。なにも感じないのだ。


「さっさと手錠はずせ。超えちゃいけないライン超えてるぞ! おい!」


「それじゃいただきますしようか。はい、あーん」


 ベッドサイドに腰を下ろした銀千代が、お箸でご飯をつまみ、俺の口に伸ばしてきた。


「いやいやいや、待て待て待て、おまえ、できたてはちょっ、はふ、はふっ!」


 状況的にはアツアツおでんである。ぶはっ、と吹き出したら、銀千代は「もー、ゆーくんったら」とニコニコ文句言いながら散らばったご飯粒を拾い集め、パクリと食べた。朝っぱらから気が滅入る。なんで往年のリアクション芸人みたいなことをしないといけないのだ。


「おい、いい加減にしろよ。手錠をはずせって!」


「次、お味噌汁いくねー」


「や、ちょっと、まっ」


「……」


 銀千代はお椀を持って少し考え込むように俺を見た。仰向けなのでそのままではこぼれてしまうと思ったのだろう。


「口移しでいい?」


「だめに決まってんだろ」


「銀千代、虫歯ないよ。いくらでもキスできるよ」


「頼むから落ち着いてくれ! どういう状況だよ、これ」


「? 朝ごはんだけど……」


「その前に俺はどうなってるんだ」


「どうって……今日もかっこいいよ!」


 そういうことを聞いているのではない。すこし嬉しいけど。


「なんで縛られてるんだよ。何も悪いことしてないぞ」


「ほんとに?」


 銀千代の瞳は暗く冷たい。夏のドブ川よりも濁って見えた。


「胸に手を当てて考えてみて」


「いや、あてられねーよ」

 縛られてんだぞ、俺。


「……」

 銀千代は無言で俺の右胸にそっと手をおいた。

 しばらく考えてみてもなんで彼女が怒っているのかはわからなかった。


「いや、まじでなに? なんでそんなに怒ってるの?」


「怒ってないよ。銀千代がゆーくんに対して抱く感情は愛情だけだよ」


 恍惚とした表情で意味のわからないことを言われたが、さすがに俺の怒りもボチボチ頂点だ。


「だったらさっさと拘束をとけ! いい加減にしろ!!」


「ごめんなさいゆーくん」

 謝罪だけはするのに行動には移さないからたちが悪い。

「でも、ゆーくんも悪いんだよ。銀千代がいるのに浮気しようとするから」


「浮気?」

 まだしてないぞ。今猛烈にしたいけど、いや、浮気の前にこいつとの縁はしっかり切っとこう。


「銀千代は懐の深い女の子だから浮気も基本は許すけどゆーくんが傷つく可能性が少しでもあるなら全力で止めることにしてるんだ」


「いや、そもそも浮気なんてしてないし」


「……今日入学前の交流会あるみたいだね。ゆーくんが銀千代に内緒で一週間前に申し込んだやつ」


「あ! そういえばそうだった! 時間、大丈夫か!?」


 先輩から履修登録のやり方を教わったり、サークルの紹介をしてもらったりする、という建前の集まりだ。


「そんなもの、出なくていいのに」


 入学前に友達を作っておくとボッチを卒業することができるとネット掲示板に書いてあったのだ。大学は人脈を広げる貴重な場所だと聞くし、友達作りが第一目的ではあるが、新入生は飲食がタダらしく食費を浮かすことができる最高のイベントだ。


「銀千代がいるのになんで他の人と遊ぼうとしてるのかな?」


「重いわぁ……」

 銀千代はムッとして、頬をふくらませると、


「世界で一番可愛い子はだーれ?」


 と答えを間違えたら殺されそうな質問をしてきた。生殺与奪の権を他人に握らされている俺は、舌打ちを最小限に留めながら、小さく「お前」と呟くみたいに言った。


「んー? 聞こえないよー?」


 耳に手を当て、わざとらしく聞いてくる。うるせぇ、ぶっ飛ばすぞ。


「お前だよ、お前」


「お前ってだぁーれ?」


「ちっ、うっせーな、金守銀千代だよ」


「えへへ、せーいかい!」


 手足が自由だったら頭を叩いているところだ。


「そんな世界一可愛い子がカノジョなのに、これ以上を求めるなんておこがましいよ」


「頼むから平穏くらい望ませてくれ……」


「うん! だからゆーくんの平穏な日常を守ってあげようと思って、最低限今日一日くらいはゆーくんの外出を禁じることにしたんだ」


 すんな。


「銀千代はただゆーくんが世の中のアホどもに穢されないようにしたいだけなんだよ。それにね、ほらみて」


 銀千代はニコニコしながら床に落ちていたタブレット端末を操作して、画面を突きつけてきた。

 幾人かの名前がズラッと並んでいた。

 名前の横には生年月日、血液型や趣味など簡単なプロフィールが記載されている。


「今日の交流会の参加者だよ」


「個人情報保護法はどうなってんだよ」


「大丈夫。SNSとか使って仕入れた情報だから」


 何も大丈夫じゃない。

 銀千代の細く長い人差し指が下から上へスライドする。画面が流れるようスクロールし、一番下の名前が表示された。

 

「ほら」

 金守銀千代。十八歳。魚座。A型。IQ180。芋洗坂39に所属していた元アイドルで不動のセンター。発売された写真集は60万部。めちゃくちゃ可愛い。得意料理は肉じゃが。


「なにこれ」

 くそみたいな自己紹介だが、悲しいことにほとんど事実だ。強いて添削を加えるとするなら性格がやばいというところだろうか。


「つまりね、銀千代以上の女……人間、……生物……ううん「存在」はないってこと」


「自意識過剰なやつだな。もうわかったからさっさと拘束といてくれ」


「浮気しないって誓ってくれたら外します」


 鼻息荒く言われた。目が本気だ。浮気の基準が厳しすぎる。なんともお話にならないがこのままだとせっかくの料理も冷めてしまうので早々に脱出したいところではある。


「外せって。トイレ行きたくなってきたんだよ」


「……?」


「いや、だからトイレ」


「……あっ、そうか。ちょっと待っててね。尿瓶とってくる」


「……えっと……」

 常識の通じない相手だ。こいつより異星人との方が円滑なコミュニケーションが取れる自信がある。さて、どうしたものか。


「まて、銀千代」


 隣の部屋に住んでいるので、玄関に向かって歩き出そうとした背中を呼び止める。


「とりあえず手錠を外してからにしてくれ」


「ゆーくんが浮気しないって誓ってくれたら外します」


 RPGのNPCみたいに先程と同じことを無表情で繰り返す。


「誓うよ。浮気はしない。だから早く」

 とりあえず我が身の自由が最優先だ。その後のことはその後考えよう。先送り癖は治せそうにない。


「じゃあ、大学辞めてくれる?」


「……なんで?」


「他の人に会うのは浮気の兆候だと思う」


「飛躍しすぎじゃない……?」


「ゆーくんにその気は無くても向こうが好きになる可能性があるでしょ。ゆーくんは世界一かっこいいからね。もちろん銀千代一筋だろうけど、相手がどんな策を弄するかわからないから。もしそれでゆーくんが傷付く可能性が少しでもあるのなら、この部屋にいることが一番の幸せだと思うの」


「監禁じゃねぇか!」


「ううん、違うよ。だってここはゆーくんのお家だから! 家にいるだけだから、なんの問題もないよ。大学は残念だけど銀千代以外との接触は危険だし、お勉強なら銀千代がたくさん教えてあげる」


「いやいやいや折角受かったんだぞ。学費も振り込んだし、大学には普通に通うわ!!」


「受験勉強頑張ってたもんね。合格発表も喜んでたし……。だから、ずっと言えなくて、この気持ちは我儘かなって思って我慢してたんだ。だけどせっかく同棲始めたんだから、ちゃんと自分の気持ちを伝えなくちゃって思って」


 まず同棲ではないし、100%わがままだ。


「お願い。はじめは辛いかもしれないけど我慢して」


 いやです。

 といったところで理屈が通じる相手ではないことは明白だ。考えろ、考えるんだ、俺。


「……そうだなぁ」


 まな板の上の鯉状態なので言葉しか武器はない。どうしたものか。

 ちらりとテーブルをみると銀千代の作ってくれた焼き魚が見えた。美味しそうだった。


「あれだ、えーと、手錠されたままだと、お前にあーんしてあげられないだろ」


「!」


 はっとした表情で銀千代が俺を見つめる。

「……」

 銀千代はゆっくりとこちらに近づいてきて膝を折った。


「あーん、してほしいな……」


「そうだろう、そうだろう。手錠されたままだと頭を撫でてやることもできない」


「なでなでもしてほしい……」


「だったら、取るべき行動はわかるな?」


 銀千代はじっと俺を見つめてきた。病的なほど深く暗い双眸。ブラックホールより暗黒だ。


「うーん……ゆーくん、浮気しない?」


「しない」


「……ほんと?」


「うん」


「えへへへ、大好きだよ、ゆーくん」


 と、ホッペにチュウされたがぶん殴るのは我慢した。手錠されてたからだ。銀千代はいそいそとエプロンのポケットから取り出した鍵で手枷と足枷をガチャリと外した。


「さ、ゆーくん。言われた通りにしたよ! ほめてほめてぇ、なでなで! なでなでして! あーんも!」


「うむうむ、ありがとうな」


 銀千代の手のひらを握る。嬉しそうに微笑み、唇を突き出される。キス待ちの顔。だからなんだ、と鍵を奪い、その手首に手錠をはめる。


「……ん?」


「トイレ行ってくるから反省してろ」


「……なんの反省?」


 もうこのままこいつをここに閉じ込めておけば悲劇は起こらないんじゃないかと一瞬思ったが、それでは相手の思うつぼな気がしたので思い直した。外出の準備を進めよう。

 後のことは、帰ってきてから考えることにする。





投稿作がまたヤンデレで埋まりそうなので逃げ場作りました。

ちょっとそんなガッツリはできないですけど、まったりやっていきます。

期待はしないでください、、、!

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[一言] 気づいてなかった期待して読むぜ!
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