#:11
一度深呼吸。・・・眠れない。・・・目を瞑る。・・・だが、やはり眠れない。・・・隣では、三千重が熟睡している。
「・・・羊が52匹・・・」
・・・羊を数えても・・・やはり眠れない。・・・なぜ眠れないのか、自分でも分かっていた。ここ最近、いろいろなことが一斉にあったため、頭の整理ができていないからだろう。それに・・・、・・・誰にも相談していないからだ。一人で抱え込むなと言われ続けている訳が今になって分かった。
正直言うと、相談できる機会がない。・・・相談する相手が少ないからだ。
まず、親父は言うに及ばず。どんな話をしてもあっち系の話になってしまう。お袋はいつも、『男でしょ? ドーンと行きゃいいのよぉ、ドーンと!!』という展開になる。姉御は・・・、ほんと、お袋によく似たなぁ・・・。で、やっぱりお袋と同じような展開に。
あいつ・・・あぁ、俺の双子の弟なんだけどよ、蒼真っつぅんだ。変わってるだろ? 親父がつけたんだぜ。ネーミングセンスが最悪だな。お袋につけてもらってよかったぜ。・・・だけどよ、あいつは気に入ってるんだぜ。少し意外だったな。
で、あいつに相談したら、・・・そのまま返される。あいつも同じような悩みがあるとさ。
双子には二種類あることは知ってるよな? 一卵性双生児と二卵性双生児。俺たちは一卵性双生児だからよ、似たような考えをよく持ってたんだ。それに、顔立ちやら体形やらがほとんど同じだからよ、よく間違えられたんだぜ。・・・だけどよ、性格だけは似なかったんだぜ、『性格だけ』はよ。俺は大雑把で、あいつは慎重。・・・あいつも十分大雑把だってのによぉ・・・。・・・と、この話はこれぐらいにしておこう。話題を戻さねば。
篤史はちょっとした事なら相談できるが、あまり多いと混乱してしまう。銀は・・・論外。あいつはお子様だから意味不明って感じになっちまう。・・・といっても小6だから少しは分かるだろうな。もうあいつも10代だし。
結局、俺の従兄弟の中での良識人は、光あにぃしかいない。一つ年上だ。
「・・・喉が渇いちまったな・・・」
・・・俺はベッドを抜け出した。
・・・ドアを開け、・・・方舟が使っている部屋の前を通り抜け、・・・台所の冷蔵庫を開ける。・・・玄米茶。冷蔵庫で二日前から冷やされっぱなしで、香りも味もすっかり失われている。・・・別に、香りと味を楽しむために玄米茶を飲もうとしたわけではない。玄米茶しか飲み物がないことを知っていたし、俺は喉が渇いたから茶を飲みに来ただけだ。
・・・喉を冷たい茶が通る感覚。・・・頭が少しクールダウンした。
「・・・これで眠れるだろうな・・・」
そして、俺は再びベッドに戻った。
もう一度深呼吸。・・・眠れない。・・・もう一度目を瞑る。・・・やっぱり、眠れない。・・・隣では、三千重が寝返りをうっている。
「・・・羊が134匹・・・」
・・・羊を数えても・・・やはり眠れない。・・・さっきと同じ展開。この調子ではたぶん、元凶を絶たねば眠れないだろう。時計をみるのもいやだ。明日は朝早くから仕事が・・・な。
「・・・光あにぃ・・・起きててほしいぜ・・・」
・・・リビングのソファーに寝転がる。
そして、電話帳でハ行の上から五番目、・・・『光あにぃ』を選択し、通話ボタンを押す。
・・・ワンコール。
「・・・出ねぇな・・・」
・・・ツーコール。
「・・・寝てるよな・・・」
諦めかけて切ボタンを押そうとすると、スリーコールの途中でつながった。
『こんな夜遅くにどうした?』
「・・・すまねぇ。やっぱ、こんな夜遅くに迷惑だよな」
『・・・まだ1時過ぎじゃないか、迷惑じゃない。今タクシーで仕事から帰ってる最中さ』
「・・・相談、してもいいか?」
『・・・あぁ。構わない』
俺は、胸中を打ち明けた。
『・・・ほんとかい? あながち、信じられないね』
「俺たちの存在も誰も信じられねぇと思うが」
『まあ、そうだよね。だけどそんな大事件に発展するとはねぇ・・・首相官邸を襲ったのが・・・』
「おっと、あんまり口に出して言うなよ、運転手に聞かれてるんじゃ・・・。・・・いや」
『・・・ん? どうしたんだい?』
「・・・ほんとはタクシーなんか、乗ってねぇんだろ?」
『・・・はは、ばれちゃったか。あぁ、うちにいるよ』
「・・・すまねぇ」
『謝らなくていいよ、ちょうど、話し相手がほしかったからさ』
「・・・」
・・・親友のために、恋人と別れたり、・・・返すあてのない金を貸してやったり、・・・同僚のために仕事を辞めたり・・・・・・この、・・・お人好し野郎が。
『そういえば、三千重ちゃんが昨日、電話をかけてきたよ』
「三千重が?」
『・・・大学、定時制がいいかどうかって言ってたよ。・・・大学に定時制なんてないのにさ』
「あの馬鹿・・・」
『・・・君も、それについて悩んでるってさ』
「は? 悩んでねぇよ」
『ほんとかい? 本当は・・・そんな勘違いで悩んでるんじゃ―――』
「辞めたよ」
・・・しばらく光あにぃが黙る。
『それは、・・・三千重ちゃんに言ったのかい?』
「今日、辞めた。仕事が忙しくなってきて、両立ができなくなってきたんだ。三千重にも明日言う」
『・・・分かった。・・・用件はそれだけかい?』
「・・・明けまで付き合ってくれてありがとな」
・・・少し、空の端が明るくなってきている。
「・・・じゃあ。・・・もうすぐ仕事だから」
『うん。・・・体に気を付けるんだよ』
「光あにぃもな」そう言い、切ボタンを押した。
仕事の用意をしようとしたが、頭がくらっとした。・・・そして、俺は短い眠りに落ちた。
・・きろおきろ、起きろぉおおッ!!
「・・・ん、なんだ?」
「なんだじゃないわよ! 時間ッ!!」
「ん・・・? ・・・うおッ?! 急がねぇとッ!!」
こうして、忙しい朝が再び戻ってくる。
(帰ったらちゃんと話さねぇとな・・・)
そう思い、服をさっと着替える。
「急いで急いでッ!!」
「わぁってるってのッ!!」
ついにマネージャーから電話が。
「はいぃッ?!」
『・・・遅い』
「電車が遅れてるんですよッ!!」
『あぁ、そういえば遅れてるね。・・・じゃあ早く来てよ』
がちゃッ。
「・・・嘘も方便だぜ」
「・・・呆れた・・・」
靴を履き、駅へ向かう。
「茂さぁんッ、がんばれぇーー」
近所の人たちの声援を受け、走る。そして、定期で電車に乗り込む。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・間に合ったぜ・・・」
『駆け込み乗車はおやめ下さい』
・・・そう放送が流れ、顔から火が出るような思いをした。
・・・席に着き、電車が駅に着くのを待った。
『次はぁ、流鏑馬ぇ、流鏑馬ぇ。お下りの際は、』
ガッチャーンッ!! ・・・ガラスが割れるような音。いや、・・・ガラスが割れた音だな。少し辺りがざわつく。
そして、ガッチャーンッ!! ・・・もう一度音が鳴る。
ドンガラガッシャーンッ!! ・・・今度は派手な音。野次馬が邪魔で何が起きているのか見えない。
「なんだ?」
「ケンカか?」
「車掌さん止めないの?」
・・・ただのケンカか。そう思い、待つ。
「・・・きゃぁッ?! 何あれぇッ!?」
「うわッ、なんだありゃ、気持ちワルッ!!」
「何あれー?!! めちゃくちゃキショイんですけどー!」
「・・・見せてくれないか?」
女子大生に声をかけてみる。
「誰すか? ・・・あ、芳養房 茂じゃない、これ!!」
「うっそー?」
「きゃー! ホンモノだーッ??!」
「握手握手ッ!!」
「とりあえず、何があったんだ?」
・・・どいてくれたから、ようやく見ることができた。
「・・・何だ・・・ありゃ?」
それは、・・・形容しがたいもの。敢えて言葉に表すとしたら・・・・・・球体。
To be continued...