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スター・デストロイヤー  作者: 高峰 玲
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ロゼ 1




 〈モルガーナ〉から積み出したコンテナを氷の城のイザベラ専用宙港へと届け、トッドは首を傾げた。

 宙港とは外洋宇宙船の発着を行なわずシャトル級の利用がせいぜいの小規模な宇宙港を一般的にさすのだが、密輸のはずの積荷を堂々と女王の宙港へ降ろしていたのでは()()意味がない。〈モルガーナ〉に至ってはイリカノスの衛星軌道上に鎮座ましましている。

 公然の秘密の公然たる所以(ゆえん)が、そこにあるといえばそれまでだが、ただ公用ルートを使わず荷を運ぶのならばイザベラの親衛隊なり何なりを遣わせばいろいろと面倒もないではないか。

 考えてからトッドは前任者たちのその後を思い出した。

 所詮はその場かぎりの使い捨てにするために部外者を雇ったのだ。多少のリスクはあっても自分の部下を捨て石にはしない……たとえそれが保身のためであれ、口封じに殺されるのが我が身とならぬかぎりイザベラの家臣たちは彼女を女王として遇するだろう。

 いかにも狡猾な氷の女王らしいやり方だ。

 そうしてトッドはますます頭を悩ませる。

 彼ですら、そのくらいのことは見て取ることができるというのに、なぜユアンはこの件を請け負ったのか?

 解答が保冷ケースを提げて歩いてくる。中に入っているのは当然、二つのブラックボックスだ。生命維持装置から外したあとは二十八時間以内に処理しないと()()()()()()()と聞いている。

 身振りでユアンはトッドについてこいといった。

 必要以上にものはしゃべらず、常に薄笑いで世の中を評しているような男だが、ユアンはその二十八時間に何かを賭けたのではないかとトッドは思った。

 彼にしても賭けている。

 〈モルガーナ〉に残ったアンジェラに、生きて再び会えるか否かを。


(アンジェラに、会いたい!)

 

 まるで渇きのような欲求を唐突に彼は覚えた。


 会って、そして、あのしなやかな身体を抱きしめたい。

 そうすればきっと、自分が生きていることを実感できるような気がした。過去においてイザベラに荷を運んだ人々の轍を踏むなど、まっぴらごめんだ。

 ユアンが立ち止まったのにつられて足を止め、トッドはなぜ、いま、アンジェラを想ったのかその原因に気づいた。宙港のエプロンの外れで、先刻から彼らを待っていた様子の女を、無意識のうちに視界に入れていたのだ。

 それほど──アンジェラほどには──背は高くないが、細すぎるまでの身体の線が、すっきりとした印象を(かも)していた。年は二十代後半くらいか。しかし、美女というよりは美少女といったほうがふさわしいような、天使や妖精めいたムードを持っている。淡いあけぼの色のドレスがぬけるように白い肌やまっすぐな黒髪をきわだたせていた。


「……ようこそ、イリカノスへ」


 見かけに似合わぬ涼やかなアルトの声が、またしてもアンジェラを思い出させる。心なしか、その端正すぎる顔立ちすらも似通っているように見えてしまうトッドであった。しかし、日頃美女と縁遠い生活を送っているため、美女というのは同じような顔なのだと内心で納得したりしている。

 女はロゼと名告った。

 その名のゆえか、薔薇の花を象った装身具を長い黒髪やドレス、腕に這わせている。

 ロゼは彼らの名を尋ねたりはしなかった。ユアンにしろトッドにしろ、問われもせぬのに名告るほど人がましい人間ではない。

 ふたりが沈黙したままでロゼを見つめると、彼女はイザベラが待っているといったような言葉をつぶやいて、停めてあったフロートカーに乗るよう指示した。

 フロートカーは氷の城の内部専用らしく、自動運転型で、やわらかな総クッション張りの車内に三人がおちつくとすぐに浮上して低空で飛びはじめた。イザベラの城へと向かって。

 スピードはそれほど出てはいなかった。オープンのまま走らせていたところで、ゆるやかに髪がそよぐ程度だ。それなのに、フロートカーが動きだすと同時にロゼはキャノピーをかぶせてしまった。

 外界とは遮断された密室状態の車内にロゼの静かな吐息がもれる。

「……なぜ」

 まるでいまにも涙がこぼれ落ちそうなくらいに目をうるませて、ロゼはユアンを見つめた。深い深い、青の瞳がとまどいと不安の影におびえている。

「なぜここへ、戻ってきたの? クローゼスの息子よ?」

 堰を切ったように突如あふれでた言葉は当然の結果としてトッドを驚かせた。

(ユアンとロゼは知り合いなのか?)

 問いかけた唇が、柄にもなく震えた。ユアンが、めずらしくも意外そうな表情を(おもて)に出したのが見えたからだ。

「もちろん、イザベラに会うためだ。それとあんたにもかな、ロゼ」

 自分の正体をロゼに看破されたことを気にかける口調ではなかった。トッドが見るかぎり、いつもの不敵なユアンだ。

「おれが()()()()()()息子だとどうしてわかった? まさか覚えていたわけでもあるまい」

 ロゼはかすかに苦笑した。

「そうね。覚えているとしても私が記憶しているのは八つかそこらの坊やだわ。でも、あなたのいまの顔……自分で気づかないの? お父さまにそっくりよ。シャダル・クローゼス、イザベラの親衛隊長に」

「そんな男は知らんな」

 にべもなくユアンは応える。それから、状況の変化に適応できずに物問いたげにふたりを見ているトッドに、彼はやさしく言った。

「何か訊きたいことがあるようだな、トッド」

「えっ? や、オレ、その」

 哀しいかな彼の身についた習性は……。

 むろんトッドにしても、情報は数多く得られたほうが今後のためになるのだということは承知している。しかしユアンに関することを本人に訊くのは……はっきりいって恐い。そもそも、いままで一度としてユアンか自分のことを彼に話したことなど、なかったのだ。

 包み隠さず表情に出たトッドの混乱をよそにユアンは話しはじめた。

「このロゼと名告る女はイザベラのいちばんのお気に入りだ。おれは三十年ほど前にこの女と会っているが、いまとぜんぜん姿が変わっていないところを見ると、まだ熱が冷めていないようだな」

 そこでトッドは二つめのブラックボックスの中身に思い当たった。

 あれはロゼだ。氷の女王イザベラの、いちばんの想い者。イザベラが新しい身体に意識を移し換えるたびにおそらくはロゼも……そうしてきたのだ。

「イザベラを……」

 愛しているからかとロゼに訊きかけてトッドは途中でやめてしまった。

 いくら手弱女めいた外見をしていても、愛もなくひとりの人間に寄り添うような女だとロゼを思いたくなかった。どことなくアンジェラに似ていると思っているせいかもしれない。

「……ユアン」

 ややあって、トッドの口から出てきた言葉は質問ではなく、お願いだった。

「はやく、〈モルガーナ〉に帰ろうな」

 高らかに、ユアンは笑った。

 それからほどなく、フロートカーはイザベラの居城に入った。

 ファンファーレつきのご入場とまではいかなかったが、それでも密輸品を運んできたふたりの宇宙海賊は謁見の間に通された。

 何の感慨もなくロゼは筵道として敷かれた緋のカーペットの上を歩いてゆく。

 トッドは飾りとしてカーペットを挟んで並び立つ透明な円柱の中身を見て度肝を抜かれてしまった。美しさの絶頂期といった女が、美々しく着飾ってそれらの中に入っていたからである。

 虹色のつやを持つ銀の髪とエメラルドグリーンに黄色のまだらの瞳の女──氷の女王だと一目でわかった。

 よく見るとその時々の流行のファッションを身につけているらしいのだが、それよりも、カーペットを挟んだ対の位置にあるのが当時のイザベラの“恋人”らしいと気づいたことのほうがトッドの心肝を寒からしめた。

 エゴイズムと享楽の象徴──アンジェラは氷の城をそう評していたが、これは……この謁見の間は、まるで氷の墓標だとトッドは思った。尊大なまでの自己顕示欲の現れでありながらも、それを見るこの胸をよぎるむなしさは何なのか?

 彼はそっとため息をついた。

 思い出したようにユアンの様子を見る。ユアンは無関心なまなざしを円柱に対しては向けるだけで、黙々と歩いていた。ひょっとすると、円柱の数からイザベラの年齢を計算していたのかもしれない。

 玉座に近い部分の恋人はロゼばかりだった。ただ一柱を除いては。

 その一柱の前を通るときだけ、ユアンの無表情がゆがんだ。

 誰かの不快感を刺激するような容姿の人物が入っていたからではない。トッドの見たところ、そのひとは着ている黒の軍装のよく似合う精悍な男だった。ユアンが髪を切って口髭をたくわえ、緊張しまくったようなカタイ表情を浮かべたたら、その男と似るのではないかと思えた。ただその苦悩に満ちた哀しいまなざしだけは、何があってもユアンが見せるものではなさそうだが。

 一瞬だけ、ユアンはホルスターの銃に手をかけるそぶりを見せた。しかしそのまま彼は歩き続ける。


「よう来やった」


 彼らが足を止めるよりも早く、壇上からイザベラが声をかける。膝上までスリットの入ったドレスで足を組み、頬杖をついた姿が何ともさまになっている。

「あまりに遅いゆえに水先案内までつけてやらねばならぬかと心配してしまったぞ。無駄な殺生は(わらわ)は好かぬのでな」

 エメラルドの瞳に剣呑な黄色のゆらめきを浮かべつつ氷の女王は微笑んだ。つまり水先案内人も殺すということだ。この女は最初(ハナ)から自分たちを生かして帰すつもりがないから、謁見の間に呼んだのだとトッドにもわかってしまった。

 半ばすがるような目でトッドはユアンを見つめる。

 無言でユアンは保冷ケースをロゼに渡した。

 あれを質にとれば無事帰るだけの約束はできるのではないか──刹那的なトッドの希望はまなざしによるユアンの牽制によって打ち砕かれてしまった。


 なぜ……?


 トッドと思いを同じくする問いが、ロゼのまなざしからも発せられていた。静かに、ユアンはわらう。

 たった三段の(きざはし)を、ゆっくりとロゼは上がっていった。イザベラが軽くうなずき、ロゼを抱き寄せて頬に接吻する。 

 彼女を深く愛しているらしいのはわかるが、ロゼのためには、見て見ぬふりをしてやりたくなる光景だった。

 ロゼの捧げ持つ保冷ケースを開けて中を確認すると、イザベラはニタリと笑った。

「注文した品は確かに受け取った。今日は妾はすこぶる機嫌が良いゆえ、特別に褒美をとらす」

 意外な言葉にトッドがほっとしたとたん、イザベラはブラックボックスをひっつかんで投げ捨てた。


「とでも言うと思うたかっ、この不心得者めが!」


 鋭く叫ぶと同時に玉座から立ち上がる。

「こともあろうにこのイザベラに、贋物をつかませるとは見上げた根性だ、海賊。言え! 何がのぞみじゃ? 己の保身か、富か、それとも妾の庇護か」

「そんなものは、いらん」

 つまらなさそうにユアンは断った。

 イザベラが激して玉座を立ったその瞬間に彼はのぞみのものを手に入れたのではないかとトッドは思った。しかしそれから、ユアンは言った。

「おれのほしいものは、これだ」

 振り向きざまに彼が撃ったのは、さきに目を留めた軍装の男の円柱。男の遺体もろとも円柱は霧散した。

「妾のシャダル・クローゼスが……」

 一時とはいえ愛した男の姿を失い茫然とつぶやくイザベラを冷ややかにユアンは見上げた。

「おまえ……?」

 自失のうちにユアンと見つめあってしまってイザベラが、ふっと己を取り戻す。同時に合点がいったかのように口元に再び笑みを浮かべて言った。

「そのクソ生意気な目には見覚えがある。エリイシャの息子よ。父親を自分の手で葬り去って、満足か?」

 ユアンは応えなかった。

 特に満足感はなかったからだ。

 エリイシャを捨て、イザベラの愛人におさまったシャダル・クローゼスの存在など、はっきりいって彼は気にも留めていなかった。彼の心にあったのは、生きながらにして獅子に喰い裂かれたエリイシャ──彼の母親の死にざまと、それを命じた女、ただそれだけだった。

「だが、妾は満足してはおらぬぞ」

 イザベラの言葉の冷酷な響きに、トッドは心から、ぞっとした。

 女王が手を上げたとたんに衛兵がどっとなだれ込んできた。あわててユアンに駆け寄ろうとしたトッドの足元で銃弾が爆ぜ、彼は動きを束縛されてしまった。たたらを踏んで顔を上げると、信じがたい姿が目に入る。

「ロゼ?」

 その細くしなやかな腕に、銃は不似合いなものだった。

「取引をしようじゃないか、小僧」

 衛兵に囲まれてしまったユアンから目を離し、いまやっとその存在に気づいたかのようにイザベラはトッドに声をかけた。

「取引?」

 素直に会話にのってくるトッドに、内心イザベラはほくそ笑む。これは、ユアンと違って彼女の思惑どおりの行動をとる種の人間だ。

「すぐに宇宙船へ戻って、本物の卵を持っておいで。そうしたらこの男をかえしてやろう。おまえの命もとらないと約束しよう」

「なんでオレが? 欲しいんなら自分で取りに行けよ。あ、でもモーガンが入れないか……」

 おそらくユアンを助けるためならば、モーガンは即座に受精卵を出すだろう。しかし船内にはけっして他人を入れようとはしないはずだ。アンジェラもいる。やはりトッドが行くしかないのか。

 指示を仰ぐように彼がユアンを見ると、

「好きなようにしろ」

 ユアンらしい応えしか返ってこなかった。

「好き勝手をされて困るのはおまえじゃないのかい、ユアン? その小僧が戻らないときはクローゼスのかわりにおまえを円柱にしてやろうじゃないか。そして小僧は宇宙船ともども、我が宇宙艦隊の標的にしてくれるわ」

「ちくしょっ!」

 イザベラの勝ち誇ったような哄笑に背を向け、トッドは走りだした。

 迷っている(いとま)はなかった。




to be continued……













『ロゼ 2』は2022年12月28日(水)12時公開予定。





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