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スター・デストロイヤー  作者: 高峰 玲


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10/10

エピローグ




 静かな足音を、ヨブじいさんは耳にした。聞き覚えのある歩運びだ。彼が黒船屋に姿を見せなくなって、もう何年になるだろう。

 かすかな軋みをあげてドアが開き、男が入ってくる。彼だ。喜びを含めた驚きで、ヨブじいさんは磨いていたグラスを落としそうになった。次いで女が入ってきた。

 じいさんの鼓動が早まった。見覚えのある顔だ。一目見ただけでも、忘れようがない端正な顔立ち。とても美しい……美しすぎる、女──氷れる美女だ。

 女は男と並んでカウンター席についた。男にはシヴ・ウィスキー、女にはミネラルウォーターを出す。

「店主」

 顔を上げて女はヨブじいさんを見つめた。じいさんは、極限状態になる寸前まで息を吸い込んで女の顔を、まじまじと見る。氷れる美女の容色に、歳月によるおとろえが見受けられなかったからだ。

「わたしにも酒をくれ」

「……シャンパンを?」

 深いシワの中に巧みに狼狽を押し込んでじいさんは尋ねる。女はうなずいた。

「そうだな。……ところで、ブラッキーの姿が見えぬようだが?」

「ブラッキーは三年前に……」

 猫流のやり方、とでもいうのか、三年前に突然、ブラッキーはいなくなった。

「すまぬ」

 じいさんが口ごもると女はわびた。

「かまいやしませんよ、お嬢さん」

 手早く酒をついで、女にすすめる。

 小さな、あたたかなかたまりが転がるように走ってきてじいさんの足にすがって鳴いた。にーにーと甘えるそいつを掴み上げてじいさんは女に見せてやった。口から喉元、手足の先が白い黒猫を眺めて女は微笑する。

「名はなんという」

「……トムと」

 迷いながらも手をのばした女に子猫をあずけ、じいさんはまたグラス磨きに精を出す。

「通俗的な名だ」

 男が薄笑いを浮かべる。

「そうかね?」

 シワだらけの顔をほころばせて、じいさんは言ってやった。

「そういう毛色のネコはトムに決まっとると、ニニブッカが頑張るからつけてやったんだがのぉ」

「おやじが、来たのか? ここへ?」

 当然、ニニブッカはユアンの父親ではない。銀河圏を統べる宇宙海賊の首領=王である。

「あんたのことを、さがしとったよ」

 それと聞くや、一息でユアンはグラスを空けた。

「いつのことだ」

二ヶ月(ふたつき)ほど前か、ぶらりと来てな……」

 古なじみの姿を思い出しながら、ヨブじいさんは遠い目をした。

「ずいぶんと、奴も老けたもんだと思ったものだ」

 ニニブッカとは同い年だろうに──そうつっこんだであろう男の不在に気づいたのはそのときだった。

「……いまのイリカノスの王はトッド一世というそうじゃが、あのトッドかね?」

「そうだ」

 うなずいてユアンは立ち上がる。

「あんたも、王になりにゆくんじゃな」

 しんみりとつぶやくと、じいさんはウィスキーの新しいボトルをカウンターに置いてやった。

「餞別がわりだ。持ってゆけ、ユアン」

 ユアンもまた、トッドのように二度とここへは来ないだろう。それでもいい。ヨブじいさんのはなむけは別れを惜しんでのことではないのだから。


「……アンジェラ?」


 そのまま黒船屋を出ていこうとしたユアンであったが、彼を見つめる視線に気づき、足を止めた。

 いったいいつから、彼女が彼を見ていたのか、ユアンにはわからなかった。トムに夢中になっているものと思っていたのだ。


「わたしに何か、別れの言葉を言ってくれないのか」


 無表情な、冷たい顔をして、そのくせ妙に心をうがつ言い回しだった。

「言ってほしいのか?」

「言ってくれ」

 そっと彼女は目を伏せ、それからまたその美しく、深く青き瞳で彼を見つめる。まるで一字一句たりとも聞きもらすまいとするかのように。

「初めて出会った、あいさつさえしていないというのに……」

 ユアンは微笑した。

 その言葉に、アンジェラもゆっくりと笑みを浮かべる。

 氷れる美女のとろけそうな微笑みは、この世の中のありとあらゆる氷を解かしてしまうのではないかとヨブじいさんは思った。もちろん、人の心の中の氷もだ。


「おれと共に、来るかアンジェラ?」


 ややあってユアンが言ったそれは、別れの言葉ではなかった。

 不可解だ──といいたげな表情をアンジェラが見せたのはほんの一瞬のことだ。

「そう……」

 気高く、冷然とした威厳ですらその身に帯びて彼女は応える。

「海賊の王の后というのも、悪くはない身の上だ」

 形はどうあれ、あくまでもつきまとう玉座の影にため息をつきつつ、アンジェラはやおら席を立つ。共に歩きだすために。

「……ニニブッカの性格では、ユアンの代わりにあんたを次に女王にするかもしれないな」

「それもまた、悪くはあるまい」

 剣呑なまでのヨブじいさんの冷やかしに、ユアンはわらった。

 アンジェラがうなずく。

 そしてふたりは、並んでゼロ・ストリートを歩きはじめた。

 夜霧にかすむその姿をいつまでも、いつまでもヨブじいさんは見送っていた。










『スター・デストロイヤー』

  THE STAR DESTROYER

── 了 ──








完結です。

ここまでおつきあいくださり、ありがとうございました。


次は……バレンタインデーに読切を1作、お届けできたら、と思っています。

(仮)『ラ・クンパルシータの夜』

首尾よく仕上がりますように(*´艸`*)




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