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かりんとう

作者: 階堂徹

 下寺町で自転車を降りた。千鳥足の僕は自転車を押すというよりも寄りかかるようにして長い坂を上り始めガスの元栓を止めたか心配になる。

「止めた……」

 一人で納得させるように呟き再び歩き始める。坂道を下ってくるカップルは、どう見ても恋人には見えない。歳が離れすぎている。それでも、手を繋いだカップルは、ネオンの灯るホテルへと吸い込まれていくようにして入っていく。僕は、後姿を見てでっぷりと腹の突き出た男と若い女の情事を頭に描いていた。毎日のことなのだがこの坂を上ることが疎ましく思えた。ホテルの大きな電飾ネオンが左右の視界を阻み、天空を見上げると街路樹の枝葉かな覗いている下弦の月が泣いているように感じた。坂を登りきりサドルに跨り、ペダルに乗せた足に力を込めたときポケットの中でスマホ。僕はスマホの画面をタッチして耳に当てた。

「もし……」

「なぁー、今日義姉さんから電話あってんけど、おかあさん入院してるの知ってる」

「知らん。どこの病院や……」

「日赤やて」

「どこが悪いんや……」

「分からんけど、歩かれへんようになってんて……、見舞いに行かんでええの」

「……」

 僕は青信号も渡らずにポケットからタバコを取り出し火を点けた。

「なぁー、聞いてる?」

「あぁ……、もうすぐ帰るから……」

 僕はそれだけ言い、タバコの煙を大きく吸い込んだ。眼を閉じ母の顔を思い出そうとしたが、元気な頃の顔は上手く思い出せなかった。


 母とは長い間会っていなかった。この前に会ったのは三年前脳血栓で倒れ病院に入院したと聞いた時だった。そのときも入院してから一週間目に義姉から連絡をもらったのだった。いつも連絡は入院を知らせるというものではなかった。ちょっとした用事のついでに母親が入院したということを知らせてくるのだった。いや母の入院を知らせるために用事を作ったと言ったほうが正しいのかも知れない。

 母と疎遠になっているというよりも、僕は兄達を含めた僕の元々の家族と疎遠になっているのだった。家族の関係がおかしくなり始めたのは、僕が高校を卒業して家業の仕事に就き出した頃だと思う。左程うまくもいっていない経営状態の中で下の兄は高校を卒業して家業に入ったが、上の兄と喧嘩をして勤めに出ては給料を父に渡しているようだった。苦しい家計の中で私学の学校へ通う僕の授業料を親がいるにも関わらず下の兄が支払ってやっているとよく言われた。在日朝鮮人の家庭ではよくあることで、父が溺愛したのも上の兄だけだったように思う。僕の家庭ではすべてが上から順番という規則があった。下の兄は一つ違いの兄に嫉妬しているようでもあったが、決してそのことは口に出さないようだった。下の兄と僕は父が亡くなってからは上の兄を守り立てるために存在しているようなものだった。母もそのことを何の疑いもなく信仰していた。上の兄が大学を卒業してすぐに父が亡くなり、兄が縫製工場を引き継ぐことになったその一年後に僕も家業に入ったのだった。周りから見れば上手くいっている経営も、母と僕の労働賃金を支払わないことで成り立っているようだった。母は僕が物心のついたときから朝から晩遅くまでミシンを踏んでいた。父は暴君で働く姿を僕は見たことがなかった。幼い僕には夫婦という関係がよく分からないがいつの頃からか母を不憫だと感じていた。いや上の兄も下の兄もそうに違いなかった。母を助けてやりたいという思いでミシンを踏み出した僕を、上の兄は自分の分身のようにこき使いだした。寝るところと食べるものの心配はいらなかったが、給料というものは殆どなく、スズメの涙ほどの小遣いだけだった。上の兄は家業に入ると見合いですぐに結婚して建売りを購入した。支払いがかさむなか僕と母の給料が出せるわけもなかった。僕の労働に対する代償として上の兄はいつも僕に家を買い与えると言い張るのだった。母も家系を守るためにと上の兄の言いなりになっていた。上の兄にも長男としての言い分があったようだ。それは自分が家系を守らなくてはということで、好きな人がいたが相手が日本人であるために諦めたようだ。世間でよく言われる他人がついたから兄弟仲が悪くなったというものだけではないと僕は思う。下の兄も結婚して家を買い与えられたというがその名義は税金の問題があるとのことで母の名義になっていた。実家をはじめ不動産から、預金まで上の兄が全ての管理をするようになっていた。

 時が経つにつれ、父という管理者がいなくなり上の兄は経営者気取りで、僕と母に給料も払わずに自動車を乗り換えたり、夜の街を遊び回ることが多くなっていった。そんなことが続いても母はやはり、上の兄のことを庇うように言うのであった。

「何があっても兄ちゃんに逆ろうたらアカンのや……」

 母の手助けをと思っていた僕も十年もそういうことが続くと、こんな家庭を築き死んでいった父を含め、兄たちとその手助けをしたとの思いから不憫に思っていた母にさえ憎しみを感じるようになっていた。


 いつもなら谷町筋を南に走るのだが、そのまま東に抜け上六の坂を下った。母が入院している日赤病院があるからだった。建て替えられたばかりの病棟は暗闇の中でも白く光って見えた。病室の窓の明かりは全て消えている。母はどこにいるのだろう? 真夜中のこの時間に見舞いに行けるわけもなく病棟を見ていると三年前、ベッドに横たわる歪んだ母の顔が思い出され、眼の前の病棟が果てしもなく遠くに感じられた。

 

母の口は歪み、言語障害があった。

「し、し、仕事、どなぃや……」

 僕の顔を見るなり母が一言めに言った言葉だった。

「暇やで……、いつ入院したんや……」

「い、い、一週間前、あ、朝起きようとし、し、たら、き、急に……、は、早よ、退院して、し、仕事せんと……」

 上の兄は僕が家の仕事を辞めてからも、母を頼りに縫製工場を続けているようだった。僕は自転車で十五分ほどの実家にさえ寄り付かなくなっていた。それは実家の仕事が傾き、上の兄が自分の家を売却し、母と同居を始めたことで一層、僕の足は実家から遠のいていた。

「もう仕事辞めたらええねん」

「に、兄ちゃんがする言うから……」

「するもなにも、兄ちゃん何も出来へんやろ、何も出来んのに経営者面して、俺の家買うどころか、家まで売ってしもうて……」

「お、お前は口開いたら、兄ちゃんの悪口ばっかり……、もう言わんときや、かあちゃんが全部悪いんや。どうしょうもないやんか」

 母の口調は話し慣れてきたのか心持ちスムーズになったような気がしたが寂しそうだった。

「家、守る言うて守れてないやんか」

 それでも僕の口から出る言葉は兄に対しての非難だった。

「兄ちゃんはほんまアカンわ……、お前ももっと早よう家の仕事辞めたらよかったんや」

「辞めさせてくれへんかったやないか……、何か言うたら家買うたるいうて、俺の簡易保険の金まで使いよったんやぞ」

「もう言うな。おかあちゃんお前が兄ちゃんの悪いこと言うたらしんどい」

「何が兄ちゃんや。俺は兄貴のために働いたったけど、俺は何もしてもろてないし……」

 僕と母の会話は同道廻りだった。

「ご家族の方ですか?」

 僕が振り向くと中年の看護師が立っていた。

「む、む、息子です。兄ちゃん遅いなぁー。せ、先生が説明ある言うてたのに」

 僕の代わりに母が答えた。

「これからの治療と経過を説明したいので、診察室まできて頂けますか」

「も、も、もうちょっと、待って……、長男が……」

「すみませんが先生も時間の都合がありますので……」

 僕は看護師の後について診察室で医師の説明を受けた。医師の説明は簡単なものだった。処置が早かったことで殆ど元どおりに回復するだろうということだった。僕は病室に戻り、母にそのことを告げ病院を後にした。

 その夜、上の兄から電話があった。

「お前がかあちゃんの説明聞いてどないするねん!」

 兄は受話器の向こうで怒鳴り声を上げていた。

 前日に担当医から病状について話があるということだったようだ。ところが兄は医師の指定した時間に病院には姿を見せなかったのだった。たまたま見舞いに訪れた僕が病状を聞くことになったしまったのだ。遅れて病院に駆けつけた兄は看護師に説明するように迫ったが、僕が担当医から話を聞いていると突っぱねられたのだった。

「殆ど完治するらしい……」

「一緒に住んでるの俺やぞ。勝手に話聞きやがって、入院してたのも知らんかったくせに」

 僕は無言のまま電話を切った。僕はそれきり母の入院する病院には足を向けなくなって、三年が過ぎていた。


 家に帰ると、妻が台所でテレビを見ながら待っていた。

「かあちゃん、何で入院したか聞かんかったんか」

 僕は言いながら椅子に腰かけた。

「義姉さんが歩かれへん言うてただけ……、頭はしっかりしてるって言うてたよ」

「また血管が詰まったんかな?」

「長いことおかあさんの顔も見てないんやろ、明日でも病院行って見たら……」

 妻は病室の書かれたメモを僕に差し出した。

僕は立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

「明日なぁー。予約入っててバタバタしてるんや。今度の日曜に子どもも連れて見舞いに行けへんか」

 店に向かう途中にほんの少し顔を覗かせれば済むことなのだが、僕にはそんな簡単なことさえ出来ない。兄のことも母のことも僕は好ましく思っていないのだった。実家に寄り付かなく、入院しても見舞いにも行かない僕のことを母も憎んでいるのではと考えるようになっていた。僕の中でのそういう考えが母に会うということが億劫にしていた。


 三階のベランダで洗濯物を干す妻の背中に僕は言った。

「それ干せたら、伸ちゃん連れてかあちゃんとこ見舞いに行こか……」

 中二になる娘はテニス部の試合があるということで、朝早くから部活に出掛けていて、小五の息子だけを連れて行くことにしていた。近くに住んでいるというのに、息子も祖母である僕の母親に会うこともあまりなかった。

「掃除機だけ掛けてしまいたいねんけど……」

「分かった。俺が掃除機かけといたるわ」

 僕が二階に下りると、息子がテレビゲームをしていた。

「伸、ゲーム片付けてしまいや。掃除したらおばあちゃんとこ見舞いに行くからな」

 息子は不思議そうに僕を見上げていた。自分におばあちゃんがいることさえ忘れてしまっているような顔だった。

「何か買うていかんでええのん」

 洗濯物を干し終えた妻が階段の踊り場に立っていた。

「別にええやろ……」

 今さらという気がしていた。

「伸、早よ片付けてしまえ!」

 中々、ゲームを止めようとしない息子に怒鳴っていた。

「セーブしてから、もうちょっと」

「お前も出掛ける用意してこいや」

 僕は掃除機をかけながら妻に言った。

 僕たち家族はそれぞれの自転車に跨り病院へ向かった。大通りから裏道を抜け商店街に入り、人ごみを縫うようにして自転車を走らせた。

「ちょっと待てくれ」

 駅前のお菓子屋で自転車を止めた。

「何か買うて行くの?」

「あぁ……、すぐやからそこで待っててくれ」

「ガム買うて……」

 息子が言うと自転車のスタンドを立てていた。

 僕は和菓子売り場でかりんとうを手にとりレジに向かうと、息子がガムを持って待っていて清算が済むと、息子はさっそく封を切りガムをしがんでいた。

「何、買うたん?」

「かりんとうや……」

「それだけでええのん」

 僕のぶら下げているビニール袋を見て妻が言った。

「かあちゃん、これ好きなんや」

 僕は自転車の前かごにビニール袋を放り投げた。

「さぁー、行こか」


 いつもは友達同士で銭湯へ行くのだが、僕は小学校の高学年になるまで、日曜日には母に連れられ銭湯の女湯に入っていた。僕はそのことが恥ずかしくってしかたがなかった。同級生の女の子に会うとよく逃げ出したりもした。普段遅くまでミシンを踏んでいる母も日曜日の夕食が済むと、風呂上りにジュースを飲ませてやると嫌がる僕を連れて銭湯に行くのだった。

「毎日、ちゃんと洗てるか? 真っ黒やないか」

 母が言いながら擦る背中が痛かった。

 甘いものが好きな母はいつも帰り道の駄菓子屋で計り売りのかりんとうを100グラム買い求めるのだった。髭の白くなった駄菓子屋の店主も母が毎週、かりんとうを買い求める母に秤に乗せた紙袋に、一斗缶からスコップで掬ったかりんとうを少し多く入れてくれるのだった。母はかりんとうの入った小さな紙袋を宝物のようにして持ち帰り、用事を済ませテレビの前で齧りながら日曜洋画劇場を見るのが唯一の楽しみだったようだ。母がポリポリとかりんとうを齧る音を聞きながら僕はいつの間にか眠ってしまっていた。


 自転車置き場に自転車を置き、病棟へと向かった。日曜日で外来診察がなく病院の中は静かなもので、僕たちのような見舞い客であろう家族連れの姿がチラホラ見えた。

「病室何号室やった?」

「東病棟の503号室……」

 妻がカバンからメモを取り出し読み上げた。

 僕は案内掲示版に眼を向けた。東病棟へは5階連絡通路を利用してくれとあり、見舞い時間が書かれていた。腕時計を見ると三十分早かった。それでも僕たちはかまわず、エレベーターに乗り込み5階のボタンを押した。

「お見舞いの時間決まってるんと違うの」

「病院の時間守ってたら、俺見舞いに来られへんやんけ。ちょっと顔見るだけやから、かめへんやろ……」

 エレベーターを下りて案内に従い東病棟へと向かう通路を歩くのは僕たち親子だけで足音が響いていた。僕は面会出来ないかも知れないと思った。東病棟はガラスの扉で仕切られていた。向こうの廊下で看護師の行き交う姿が見えた。

 僕たちは扉を抜けると、ナースステーションへと向かう。受付で僕たちの姿に気づいた看護師が近づいてきた。

「すいません……。新井玉子の家族の者なんですが、面会出来ますか? この時間ぐらいしか病院に来ることが出来ないので……」

「そこを左に曲がって奥から三つ手前の部屋です。ここに面会者の名前書いてくださいね」

 僕は用紙に名前を書き込み、妻と息子の肩を叩いた。僕たちが目指す病室からパンツ姿の看護師が一人出てきた。病室の前で名前を確認した。四人部屋だった。名札の位置で母の寝ているベッドが左側の窓際だということが分かった。右側の二つのベッドは外泊でもしているのだろうか、すっかりと整理されていて患者の姿がなかった。左手前の老婆はみかんを食べながらテレビを見ていが、僕たちを見て会釈をした。僕たちも無言のまま会釈を返すと母のベッドに近づく。浴衣姿で背中を向けた真っ白な頭が見えた。僕の知っている母の髪の毛は黒いままなのだが、母は髪の毛を染めることも止めてしまったようだ。それがいつからなのかさえ僕には分からなかった。眠っているのだろうか、僕たちがベッドの脇に立っても振り向こうとはしない。

「かあちゃん……」

 僕は呟くようにいうと、ベッドの上で丸まるようにして背中を向けていた母の身体が動いた。振り向いた母はしばらく無言のまま僕の顔を見ていた。

「かあちゃん、どないしたんや」

 息子は僕の後ろに隠れるようにして母を見ていた。

「おかあさん、大丈夫ですか?」

 妻が言うと母がコクリと顔を動かし微笑んだ。母の顔は三年前、脳血栓で入院していたときのように歪んではいなかった。髪の毛を染めることを止めた母の顔は老いた感じはしたが、むしろ元気そうに見えた。

「店、頑張ってるか」

 母の口から出た一言めだった。

 僕はその言葉に頷くだけだった。

 母は僕の後ろに隠れる息子を見つけると、身体を起こし手招きした。母の股の間から管が伸びてベッド横に吊るされた尿の入ったビニールにつながっていた。

「誰やったかいな」

「伸平や……」

 僕が言うと母はさらに身体を起こして、テレビの乗せてあるワゴンの引き出しを指差した。僕に引き出しの中にある財布を取ってくれということだった。

「チンペイか、大きいなったな、何年生なった……、おばあちゃんが小遣いあげよ」

「五年……」

 息子は言うと右手を広げる。

「おばあちゃんやで……」

「かあちゃんええで」

「たまにしか見いひんのやからええがな……、アイタタタッ……」

 母は膝を擦りながら続けた。

「膝に水が溜まって、バイキンが入ってしもうたんや……、痛うて、痛うて、歩かれへん。手術したらちゃんと治るて先生言うから、明日手術してもらうんや。はじめ、手術する言うたら怖かったけど、二度と歩かれへんようになるで言われてな。歩きたいねんやろって何回も言われてな」

 母は話しながらも右手を引き出しに向けたままだった。

「明日、手術なんか?」

「ああ、簡単な手術や言うとったで……チンペイちゃん、おばあちゃんとこおいでなぁー」

 僕は手招きする母の元に息子を押しやった。

「すぐ治るんやな……」

「早よ治して、お前の店も行ってみたいし……、それに仕事せなアカンしな」

 僕は舌打ちをした。

「まだ仕事するんかいな、もう止めときや……、兄ちゃん……」

 僕は兄の愚痴をこぼそうとしたが言葉を飲み込んだ。

 隣のベッドの老婆が僕たち親子の会話に聞き耳をたてているようで、母と視線が絡んだ。

「一番下の息子ですねん」

 母は言いながら息子の手に千円札を一枚握らし、イガグリ頭を撫でていた。

 息子は手に千円札を持ったまま僕の顔を見上げた。貰っていいものかと言葉なく尋ねているのだった。僕が頷くと息子は千円札を妻に手渡していた。

「後で何か買うてもらうねんで……」

「すいません。伸ちゃん、おばあちゃんにありがとうは……」

「ありがとう……」

 息子は頭を突き出すようにして小さな声で言った。

「かりんとう、買うてきたで」

 僕はぶら下げていたビニール袋を母に差し出した。

「ありがとう。歯も弱ってしもうて固いもんも食べれんようになってしもうたわ。そこの上に置いといて」

 母は顎でワゴンをしゃくった。

「明日、来られへんで……」

 明日どころか、少しの時間なのに僕はもう見舞いには来ないだろうと思っていた。

「かめへん、かめへん、忙しいんやろ。仕事がんばりや、もう帰り……」

 母は右手を振り、僕たちを追い払うようにした。

「行くで……」

 妻が母と少し会話を交わしていたが、僕は振り向くこともなく病室の外に出た。

 病院の近くのうどん屋で昼食をとり、僕は妻と息子と別れて店へと向かった。

 谷町九丁目のあたりでは不釣合いなカップルが数組、腕を組んではホテル街へと姿を消していく。昼も夜も関係なく発情している。僕はペダルに乗せた足を止めたま坂を下っていく。街のざわめきを疎ましく思った。ブレーキに手をかけ立ち止まった。空を見上げると街路樹の枝葉から木漏れ日が差していた。眼を閉じると母がかりんとうを食べている姿が浮かんだ。

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